+++ Penstemon +++
ふと、後頭部に衝撃が走った。
顔を上げると、其処にはいつもの顔。
まるで少年のような若い風貌をした、小柄な黒髪の青年。
その手には、手作りのハリセンを持っている。
怒っているような、呆れているような顔をして睨んでくる。
「寝るなら仕事してからにして下さい」
「だって眠いんだぞ〜」
ゆったりとした椅子に腰掛けているアルフレッドは、
伏せていた机から顔を上げ、大きく口を開けて欠伸をしながら、
両手を伸ばす。
「会議まであと一時間です。今日はボヌフォワ社長が来られるんですよ?」
手にした、予定がびっしりと書き込まれた手帳のページを
ぱらぱらと捲りながら、菊は溜息混じりに言う。
「フランシスんとこかー……あ! って事はマシューが来るんだな!」
其処に気付くと、嬉しそうにバン、と机を叩いた。
その拍子に、机の上の書類がぱらりと何枚か落ちた。
溜息をつきながらも、菊はその書類を拾い上げる。
「ウイリアムズさん達が来られる前までに
溜まってる仕事を終わらせて下さい」
「マシューが来るならお洒落しないと!」
菊の言う事などお構い無しに、
アルフレッドは立ち上がって壁に掛けられた鏡に向かって
自分の金髪を撫で付ける。
「溜まってる仕事を終わらせておけば、
その分ウイリアムズさんとたくさんお喋りできますよねぇ」
「溜まってる仕事はこれだけかい!?」
だが、菊の正論を聞くとすぐに再び椅子に座り直し、
机の上の書類に手を伸ばす。
机の上の書類は山のように何枚も何枚も重なっている。
「今のところはその書類に目を通して頂ければ、当分は大丈夫ですね」
「よぉし! 頑張るんだぞ!」
「せいぜい頑張って下さい」
自分の社長がちゃんと真面目に仕事を始めた事を確認すると、
その秘書である菊は漸く安心して、そのすぐ傍にある自分の机へと向かった。
一応、この社長室の隣に秘書室があるのだが、
アルフレッドが真面目にちゃんと仕事をしているかどうか監視の為に、
この部屋にも自分用の机を置いたのだ。
早速、自分の机の上のパソコンを起動させる。
「またエロゲーかい?」
書類に目を通しながらも、アルフレッドは菊をおちょくる事は忘れない。
「仕事中にするわけないでしょう。社長と一緒にしないで下さい」
「俺はエロゲーはしないぞー!」
「でも仕事中にネトゲはしてるでしょう」
「……」
図星らしい。
言い返す言葉が思いつかないらしく、アルフレッドは黙って書類に目を通し始める。
40分程経った頃。
会議の為、兄弟会社の社長であるフランシス・ボヌフォワと、その秘書のマシュー・ウイリアムズが来社した。
相変わらず、フランシスは派手な格好をしている。
その一歩後ろに自信無さげに佇んでいる、
フランシスよりほんの少しだけ背が高く、フランシスに似た髪形をしているのはマシューだ。
「会いたかったんだぞ〜!マシュー!」
自分とよく似た容姿をしたマシューの姿を、その視線の中に確認すると、
アルフレッドはまるで大好きな飼い主に
久しぶりに会えた飼い犬のように、
凄く嬉しそうに勢いよく立ち上がり、彼に抱き付こうと飛び付く。
マシューが怯えたように構えるのと、
そんなマシューを守るようにフランシスが片手をマシューの前に伸ばして立ち構えるのと、
菊がアルフレッドの首根っこを掴んだのは、ほぼ同時だった。
「菊〜何するんだい〜」
「菊ちゃんグッジョブ!」
ウインクをしながら、フランシスは菊に向かって親指を立てる。
菊に首根っこを掴まれたアルフレッドは、手足をバタバタさせる。
「マシューに抱き付いていいのは俺だけなの。俺だけの特権なの!」
そう言いながら、フランシスはマシューの腰に手を回す。
自分の腰にフランシスの手が触れてきた瞬間、マシューはビクッと一瞬だけ体を震わせた。
「あー! フランシス! ずるいんだぞ!」
「だーってマシューは俺のモノだしー」
「菊と交換してくれよー! この爺さん、俺を虐げる事しか頭に無いんだぞ!」
「虐げられるのが嫌なら真面目に仕事して下さい…」
溜息混じりに菊は呟く。
あははとフランシスは笑う。
まだフランシスに腰を触れられているマシューはぎこちなく笑いながら、ちらちらと菊を見詰めていた。
「準備は出来てますから、会議室へどうぞ」
菊の案内により、三人はすぐ近くの会議室へと向かった。
会議室の中の長机には、人数分の書類とコーヒーカップが用意されていた。
「流石菊ちゃん。用意早いね〜」
ひゅう、とフランシスは口笛を吹く。
そして、窓際の席に早速着いた。
マシューは、その後ろに立った。
「椅子は余分に用意しておいたのでウイリアムズさんもどうぞ。立ったままじゃ疲れるでしょう?」
佇んでいるマシューに向かって、菊はそう言う。
フランシスはその言葉に、嬉しそうに自分の隣の椅子を引いてマシューを座らせる。
「じゃあ俺はマシューの隣に座るんだぞ!」
「社長の席は此処です」
マシューが座った瞬間、アルフレッドはすぐにその隣へと移動しようと立ち上がったが、再び菊に首根っこを掴まれる。
「マシューの隣に行きたいんだぞ!」
「それは会議が終わってからにして下さい」
「……」
アルフレッドは不満そうに唇を尖らせる。
「菊ちゃんの言う事が正しい。ほら、さっさと会議始めようか。これが俺のとこの先月の業績結果」
フランシスはそう言ってウインクしながら、一枚の紙を差し出す。
そうして、会議は始まった。
「お疲れ様です」
会議が終わると、コーヒーポットを持って菊がそれぞれのコップにコーヒーを注いでいく。
「メルシー」
自分のコップにコーヒーを注がれると、
フランシスはそう自分の国の言葉でお礼を言いながらウインクをしてから口をつける。
「あ、ありがとうございます…」
マシューはどぎまぎしながら、
自分のコップにコーヒーを注いでくれる菊の横顔を見詰めていた。
「私の顔に何かついてますか?」
コーヒーの入ったコップをマシューに差し出しながら、
菊は小声でそっと訊ねる。
「え…っ」
コーヒーカップを受け取りながら、
マシューはそんな菊の言葉に思わずコップを落としそうになってしまう。
まさか、気付かれていたとは。
「いえ、さっきから視線を感じたので…私の勘違いならすみません」
「菊ー! 俺のコーヒーまだー!?」
マシューが何て答えようか本気で迷ってると、
アルフレッドが不満タラタラな口調で怒鳴ってきた。
子供のように机をバンバン叩いている。
どうやら、自分が出来ないのに、
菊がマシューとお喋りしているのが許せないらしい。
「はいはい、今行きますよ」
「生クリームとチョコフレーバーたっぷりだぞ!」
「はいはい…」
あからさまに深々と溜息をつくと、
菊はポットを持ってアルフレッドの傍へと向かう。
他の人より一回り以上大きなコップに、並々とコーヒーを注ぎ、
砂糖と生クリームとチョコフレーバーをどっさり入れ
マドラーで乱暴に掻き混ぜ、
ドン、とこれまた乱暴にそのコップをアルフレッドの前に置く。
すると、アルフレッドは美味しそうにそれを飲み干し、
すぐに立ち上がる。
「マシュー!」
抱き付かんと両手を広げて、
アルフレッドはマシューに向かって突進する。
「さあて、会議も終わったし帰ろうか、マシュー」
マシューの手を取り、フランシスは立ち上がる。
「髭のおっさんは帰っていいぞ。マシューは置いて行け」
「な〜に寝惚けた事言ってんのこの眼鏡メタボ」
そんな事を言い合って、今日もアルフレッドとフランシスは睨み合う。
アルフレッドがフランシスの頬を抓り始めると、フランシスもアルフレッドの頬を抓る。
まるで子供の喧嘩だ。
「社長同士で積もる話もあるでしょうから、
今日は私とご一緒しましょうか」
菊はマシューの手を取り、会議室を出た。
背後で、アルフレッドとフランシスの声が聞こえた気がしたが、
聞こえなかった事にした。
「あ、あ、あの…本田さん……」
「はい。何でしょうかウイリアムズさん」
「社長達を、放っておいていいんでしょうか…」
「いいんですよ、あんな人達。それより、社員食堂でいいですか」
「え、あ、はい…」
二人は肩を並べて階段を下りる。
アルフレッドとマシューは、ほぼ同じ身長だ。
その二人より、ほんの少しだけフランシスは小さい。
だが、菊はもっと小柄だ。
恐らくは、10センチ以上。
だから、マシューのすぐ隣にいる菊は、
マシューからは黒髪しか見えない。
フランシスに連れられて、何度か来た事があるので、此処の会社の何処に何があるのかは大抵はわかった。
だが、隣に菊が並んでの探索は初めてだ。
胸の高鳴りは、止む気配を見せない。
手の動きも、足の動きもぎこちない気がしてならない。
「ボヌフォワ社長も、うちの社長もウイリアムズさんの事が大好きみたいですね」
「え!?」
「あからさま過ぎますよねぇ」
そう言って菊は苦笑する。
何て答えたらいいのかわからずに、マシューはとりあえず笑ってみせた。
菊は、そんなマシューの笑顔を見て更に笑顔になる。
「こんな言い方、失礼かも知れませんけど、
ウイリアムズさんて、可愛らしい方ですよね」
「え!?」
自分がずっと想いを寄せていた菊にそんな事を言われ、途端にマシューは顔をボンッと真っ赤にさせた。
「うちの社長とお顔は結構似てらっしゃいますよね。
なのにうちの社長はちっとも可愛いと思った事無いのに…」
「あ、アルフレッド…社長にも可愛いところはあると…思いますよ…」
マシューとアルフレッドは幼馴染だ。
つい、昔の癖で呼び捨てで呼びかけてしまい、慌てて言い直す。
「そうですね、仕事もしないで私に隠れてネトゲをやってるのがバレバレなのにやってないとムキになって反論するところとか、
ハンバーガーが好きすぎて社員食堂のメニューに社長権限で加えたところとか、
とても食べ物には思えない色のお菓子を平気で食べるところとか、
ウイリアムズさんとずっと一緒にいたいという理由だけでボヌフォワ社長に合併を持ちかけているところとか……ですか?」
「……」
あくまでも真剣な面持ちで、すらすらとそんな事が次から次へと言える菊に、マシューはただ黙ってしまった。
さすがに気まずいと思ったのか、慌てて菊は話題を逸らす。
「そういえば、幼い頃の社長ってどんな感じだったんですか?」
「え、アルフレッド…社長ですか。そうだなぁ…今とあまり変わらないかなぁ……」
「……それはそれは傍迷惑な…」
「あはは……」
心の底からしみじみ言う菊に、マシューにも思わず笑みが零れる。
食堂の端の窓際の席に二人向かい合って腰掛けた。
菊の前の塩鮭定食は、白米も味噌汁も漬物もかなりの大盛りになっている。
それを平然と黙々と食べる菊を、パンケーキを一口サイズに切り刻みながらマシューは驚きながら見ていた。
「「あーーーー!!!!」」
食堂の入り口から、大きな声が聞こえてきた。
振り返ると、アルフレッドとフランシスが入ってくるところだった。
二人は何やらこっちを指差して叫んでいる。
「おや。思ったより遅かったですね」
定食を食べ終わり、ご馳走様でしたと呟きながら両手を合わせた菊は、
姿を表した二人の社長を一瞥した。
「あー! ずるいんだぞ! 先に飯食べてるなんて! しかもマシューと一緒なんて……っ」
「まだウイリアムズさんは召し上がってる途中みたいですからご一緒したらどうですか」
子供のように拗ねまくる社長の言葉に、菊はお茶を啜りながら少し乱暴気味に言う。
「それもそうだな!」
と、言うなり、アルフレッドはすぐに自分の昼食を持って来ると、
マシューと菊の間に無理矢理椅子を割り込ませて、腰掛けた。
「あっアルフレッドずるい!」
フランシスまで叫びながら、アルフレッドとは逆側のマシューの隣に椅子を持ってきて、腰掛ける。
「……子供が二人……」
そんな社長二人の姿に、菊はただ呆れるばかりだった。
マシューは、自分を挟んだ二人が見えない火花を散らしている気がしてならなかった。
「あまりウイリアムズさんに迷惑をかけないようにして下さいね」
それだけ言うと、空になった食器類を乗せたトレイを持って、菊は立ち上がった。
それを見たマシューは慌てて、皿の上に残っているパンケーキを口の中に放り込むと、
菊の後を追いかけるように立ち上がった。
「ほ、本田さん…っ待って下さい……っ」
「「あー! マシュー!!」」
菊の後を追いかけていくマシューを、
二人の社長は追い掛けられなかった。
食堂を出たすぐのところで、マシューは菊に追い付いた。
名を呼ばれた菊が振り返ると、
二人の社長と一緒に昼食中だとばかり思っていたマシューがいて、
驚きを隠しきれなかった。
「あれ。社長とご一緒しないんですか」
「…あの、えっと…ぼ、僕は…ほ、本田さんと一緒にいたいので…っ」
言ってから、マシューは自分の顔が真っ赤になるのが自分でもわかった。
驚きで見開いた目で菊に見詰められ、
マシューは恥ずかしさのあまり思わず俯いてしまった。
「そうですか。ならお部屋で一緒にゆっくりしてましょうか」
もじもじしているマシューを見て、
菊はくすりと笑いながら手を伸ばしてマシューの手を引く。
「本当にウイリアムズさんは可愛らしい方ですね」
「え……っ」
「いえ、こちらの話です」
「……」
赤くなり続けているマシューに、くすくす笑い続けている菊。
二人は手を繋いだまま、食堂に行く前までいた部屋へと向かっていた。
だが、菊が入ったのは社長室ではなく、その隣の秘書室だった。
「こっちの方が静かにゆっくり出来ると思いますので」
「いつも、此処でお仕事なさってるんですか?」
「そうですね…でもうちの社長は時々仕事をサボるので、
社長室にも監視用にと、私が使う机を置いていますので、
使用頻度は半々ぐらいですね」
この秘書室は、それ程広くは無いが、
余計な物が無いからか、窮屈さを全く感じさせない。
「何か、珍しいですか?」
きょろきょろと部屋の中を見回しているマシューに、菊は訊ねる。
無意識のうちにきょろきょろしていたマシューは、
真っ赤になってまた俯いてしまった。
「す、すみません…っ」
「いえ、別に構いませんよ」
さっきから赤くなるか謝るかばかりのマシューに、
菊はくすくすと笑い続けている。
「あの…この本棚にあるのって…DVDか何かですか?」
窓際の本棚にずらっと並んでいるDVDケースぐらいの大きさのケースを見付けたマシューは好奇心から訊ねた。
だが、その途端菊の表情が一変した。
今まで浮かべていた優しげな笑顔が消えている。
どうしようか少し困っているような顔をしている。
そんな菊を見て、さすがにマシューは慌ててしまった。
「え…あ…見ちゃいけなかったですか……」
「それはパソコン用のゲームです」
「げ、ゲーム…?」
「ウイリアムズさんもやりますか?」
「え、あ…はい……」
菊がどんなゲームをやっているのかマシューは非常に気になるが、
背表紙にある文字を見て少し首を傾げていた。
菊の国の言葉は全てわかっているわけではないが、
目に付く背表紙には、やたらと卑猥な言葉ばかりが並んでいるようにしか見えない。
「ど、どんなゲームなんですか?」
「そうですね、一言では言い表せませんが、ウイリアムズさんにはちょっと刺激の強すぎるゲームが多いかも知れませんね」
「え…?」
「純情なウイリアムズさん向けに、刺激の軽いものにしましょうか」
「え、あ、はあ…」
再び笑顔を浮かべながら、菊は一枚のケースを取り出した。
そのジャケットには、大きな白い犬と巫女装束姿の幼い少女が寄り添って眠っているイラストが描かれていた。
「あ、あ、あの…これ……」
「可愛いでしょう? さくやちゃんって言うんですよ」
「さ、さくやちゃん…?」
生き生きとした笑顔で説明する菊に、マシューは何も言えなかった。
ケースを開き、中からディスクを出すと、それをパソコンに挿入した。
気が付いたら、マシューはパソコンの前の椅子に座らされていた。
「お好きなようにどうぞ」
マウスを握らされ、マシューはほぼ強制的に菊お勧めのパソコンゲームをやらされる羽目となった。
不意に、後ろから眼鏡ごと目隠しされた。
「菊ちゃん酷いよ! 純粋なマシューにエロゲーさせるなんて!」
この声はフランシスだ。
その声の後ろから、アルフレッドが騒いでいる声も聞こえるが、何て言っているのかは聞き取れなかった。
「ウイリアムズさんがやりたそうにしてたから起動してあげただけですよ」
いつもと変わらぬ無表情な口調で、菊は説明している。
「だからって! 俺の可愛いマシューは純粋なままでいさせてくれ!」
「そうだぞ! この変態!」
「それは褒め言葉と受け取っておきます」
フランシスとアルフレッド双方に同じように文句を言われ、
仕方ないと言わんばかりに、菊はマシューの手からマウスを優しく奪うと、ゲームを終了させる。
それを確認してから、フランシスは目隠ししていたマシューの顔から手を離す。
目を開けたマシューが一番初めに目にしたのは、
拗ねたように頬を少し赤らめながらこちらを睨んでいる、
ツインテールの制服姿の少女がいるパソコンの画面だった。
どうやら、それが菊のパソコンのディスクトップらしい。
「やりたそうにしてても、頼まれても、絶対にマシューに見せちゃダメなものっていっぱいあるんだよ菊ちゃん!」
「そうだぞ! この変態!」
「もしも…もしも俺の可愛いマシューがエロゲーに目覚めちゃったら俺はこれから何を信じて生きていけばいいんだよ!」
「そうだぞ! この変態!」
「はいはい…私が悪かったです。それよりボヌフォワ社長…新作……如何ですか?」
と、菊は一枚のゲームジャケットをフランシスに見せる。
すると、それを目にしたフランシスはその途端目の色を変えた。
「そ…ッ、それは…ッ」
「これは結構過激です」
「エロゲーマスターの菊ちゃんが言うぐらいだから期待できそうだね…ッ」
ぶるぶると震える手で、フランシスはそれを受け取る。
マシューがちらりと見てしまったそのジャケットには、
両足を広げている半裸の少女のイラストが描かれていた。
ずっと好意を寄せていた菊と、
ほんの少しとは言え憧れを抱いていた上司のそんなやり取りを直接見てしまい、
マシューは衝撃を受け、多少なりとも混乱していた。
「あんなエロゲー好きのオタク二人なんか放っておいて俺達はアクションゲームでもしよう!」
菊とマシューが二人で盛り上がっている隙に、アルフレッドはマシューの肩を抱き、
自分の部屋へ連れ込もうとする。
だが、それにいち早く気付いたフランシスは慌ててマシューを自分の方へ引き寄せた。
「そろそろ俺達の家へ帰ろうか、マシュー」
「え…っ」
フランシスは左手でマシューの肩を抱き、右手では菊から受け取ったエロゲーのジャケットを握っている。
「じゃあねぇ、菊ちゃん、アルフレッド」
「あーー!! マシュー!!!」
アルフレッドは手を伸ばすが、まるでそれをかわすようにマシューを抱き寄せたままフランシスは部屋を出て行った。
「社長、午後からのスケジュールですが…」
「マシューとちっともお喋りできなかった…」
アルフレッドは、一人しょぼーんと黄昏ている。
座り込んで足を抱え込んでいるその小さな姿に、秘書は何て声をかけたらいいのか非常に迷った。
「……社長」
「マシュー…」
「今度、ウイリアムズさんを攻略対象にしたエロゲーを作ってあげますから…」
「菊!」
「…ああ、社長はエロゲーしないんでしたっけね。
じゃあウイリアムズさんを攻略対象にした恋愛シュミレーションゲームを…」
「そういう問題じゃない! でもそれはそれで作ってくれ!」
「作ってあげますから、仕事を……」
「フランシスを蹴落とすゲームにしてくれよ!」
「え…あ、ハイ……」
「それで俺をヒーローにしてくれよ!」
「ああ、ハイハイ。それは勿論…」
「よぉし! やる気が出てきたぞ!」
「それは良かった。では、まずはご自分の部屋に戻って、この書類に目を通して下さい」
実年齢、精神年齢共にまだまだ子供の社長の取り扱いを、この秘書は心得ていた。
「あの、社長…」
自社への帰り道の車中、後部座席にフランシスとマシューは隣合って座っていた。
「ん? どしたの、マシュー」
スキンシップの激しいフランシスは、マシューに度々触れてくる。
今もまた、マシューの腰に手を回す。
「あ、あの、えっと…ほ、本田さんって…お幾つぐらいか、ご存知ですか…?」
「え? 菊ちゃん?」
「ハイ……」
「う〜ん…詳しくは俺も知らないんだよねー。若そうでしょ?」
「ハイ」
「でも結構年いってるらしいよ」
「アルフレッドは、本田さんの事爺さんって言ってましたけど…」
アルフレッドとマシューが幼馴染だと知っているフランシスの前では、マシューは時々アルフレッドを呼び捨てで呼ぶ。
「なんかねぇ、聞いた話によると菊ちゃんはアルフレッドの先々代から秘書やってるらしいよ?」
「先々代って…アルフレッドのお祖父さんの代から…ですか?」
「らしいよ。本当かどうかはわからないけどね」
「……という事は、本田さんは、アルフレッドや、社長よりもずっと年上って事、ですか……?」
「うん、それは間違いないね」
「あの…それじゃあ、何で社長は本田さんの事、ちゃん付けで呼んでるんですか……?」
「ん〜? だって童顔だしちっちゃくて可愛いし。本人もこの呼び方、あまり嫌がってないみたいだし?」
「そ、そうなんですか…」
一度、車は赤信号で停まる。
窓の外には、オフィス街が広がっている。
「何、マシューは菊ちゃんが気になっちゃう感じ?」
「え…っ」
微笑みながらフランシスに指摘され、マシューは途端に俯いた顔を赤くする。
「マシューは可愛いなぁ」
目尻を下げながら、フランシスはマシューの頬を指際で優しく突く。
「う〜ん…本当にそうだとすると…俺、菊ちゃんにヤキモチ焼いちゃうなぁ〜…」
「え、あ、あの、えっと…」
マシューは指先をもじもじさせる。
そんなマシューを、フランシスは嬉しそうに抱き寄せる。
「大丈夫。俺はマシューに悲しい想いはさせないよ」
その時二人を乗せた車が青信号で動き出し、その拍子にフランシスはマシューの頬にちゅっと一度だけ唇をつけた。
するとたちまち、マシューは更に顔を赤くしてしまった。
「可愛いなぁ〜」
目尻を下げながら、フランシスは心底嬉しそうにぎゅっとマシューを抱き締める。
フランシスのスキンシップに慣れっこのマシューはとりあえず笑って誤魔化した。
「お茶会、ですか」
別に会議というわけではないが、近くまで寄ったからついでに来てみた、とフランシスとマシューがアルフレッドの会社に来ていた。
一番喜ぶであろうアルフレッド本人は、自室のゆったりとした椅子で惰眠を貪っていた。
そして、今フランシスとマシューがいるのは、菊に案内された小さな会議室だ。
其処で菊は、フランシスに家で行うお茶会という名の小さなホームパーティに来ないかと誘われたのだ。
「うん、そう。うちでやるんだけど、菊ちゃん来ない?」
「ボヌフォワ社長の家で…ですか?」
「うん、そう」
「へえ・・・何だかカークランドさんみたいですね」
カークランドとは、アルフレッドの兄貴分で、フランシスの腐れ縁のような悪友のような存在である、アーサー・カークランド氏の事である。
「あいつと一緒にしないで!」
「はいはい。それは社長と一緒にお邪魔した方が?」
「いやいやいやいや。アルフレッドはいい。って言うか呼ぶな」
「え。どうしてですか?」
「味音痴な奴に食わせる飯はうちには無いの」
「…ああ……」
その一言で納得してしまう。
「では、お言葉に甘えて」
「うん、来て来て。絶対にアルフレッドには知らせないでよ」
「はい」
「マシューと一緒に楽しみに待ってるから」
「はい」
「それじゃあね〜」
マシューの肩を抱き寄せ片手をひらひらと振りながら、フランシスはその部屋を出て行く。
「あの…本当にアルフレッドは呼ばない・・・んですか?」
帰りの車の中で、再びマシューは隣のフランシスに訊ねる。
「当たり前でしょー。あいつなんか呼んだら・・・ねえ?」
「はあ…」
<<<続く