+++ Trauma +++


 犬だと思った。
 否。
 そう思っていた。
 私達の父である、風影の。

 私は風影を父と思った事は無い。
 風影はいつも我愛羅ばかり甘やかしていた。
 この里の最強の忍となる子だったから。

 でも、我愛羅が6歳になった時、風影は何度も我愛羅を殺そうとしていた。
 全て失敗に終わったけれど。

 失敗しなければ、良かったのに……。

 何度、私はそう思っただろう。
 私は、我愛羅が嫌いだった。
 正直、憎かった。
 我愛羅は母様の命を奪ってこの世に生を受けた。
 許せなかった。
 私だってまだ母様に甘えたかったし、もっと話したかった。
 それを我愛羅が全て奪った。
 この弟が憎かった。

 でも、よく考えれば我愛羅だってこのように産まれたくて産まれてきたわけじゃない。
 風影がまだ母様のお腹の中にいた我愛羅に守鶴を宿したのだ。
 最強の忍にしようと。
 この、砂隠れの里の道具にしようと。
 我愛羅の意思は無視して。

 散々甘やかして育てた癖に。
 散々我愛羅を道具にしようとしてた癖に。
 使えないと思った途端、掌を返しやがった。
 幾ら守鶴の影響で不安定になっているからって、簡単に実の息子を殺そうとするなんて。
 そんなの酷い。
 私だって我愛羅は怖いと思う。
 躊躇無く躊躇いも無く、人を殺めるのだから。

 でも、我愛羅は私の弟だ。
 同じ両親から生まれた、弟。
 大切な存在だ。
 誰が何て言おうとも。

 あの夜叉丸を我愛羅暗殺に向かわせた風影に、私の怒りは爆発した。
 我愛羅に勝てるワケ無い。
 殺せるワケ、無い。
 逆に、又、殺される。
 今度は夜叉丸まで。

 私は夜叉丸を失うのが恐かったんじゃない。
 ……確かに、それもあるかも知れない。
 でも、一番恐かったのは我愛羅のこれからだ。

 あの夜叉丸に殺される。
 大好きな夜叉丸に。
 その時、それからの我愛羅の心境を考えたら、許せなかった。

 風影を。

 でも当時まだ幼かった私は、何も出来なかった。
 自分自身に腹が立った。


 夜叉丸がいなくなって、私達の世話は先生がするようになった。
 風影の命令には絶対服従。
 そしてそれに見合った実力も持っている。
 現在進行形で。

 大人なんて汚いものだと思ってた。
 いや、今もそう思っている。

 皆、我愛羅を恐れていた。
 近寄ろうともしなかった。
 老若男女問わず。
 どうにかして我愛羅を追い払おうとしている気配さえ窺えた。
 でも、守鶴が宿っているし、何より風影の息子。
 下手な扱いは出来ない。

 近寄らない。
 それが一番だ。

 そんな声が聞こえてきたような気がした。
 この男もそうだろうと思ってた。

 確かに、この男も我愛羅を恐れていた。
 でも、他の奴等とは違う。
 私はそう感じた。
 口ではうまく説明できない。
 他の奴等は我愛羅を腫れ物のように扱っていた。
 けど、この男は……先生は違っていた。
 他の上忍達が、下忍を扱う時と何ら変わらない。
 普通に、自分の部下として扱った。

 我愛羅を恐れてはいたけれど。
 自分の部下に恐れてるなんて。
 バカみたい。
 最初は嘲笑ってた。

 けれど……。



*****



 それは、私達に与えられた任務の最中だった。
 ふとした事で、ピンチに陥った時。
 敵からの攻撃を、我愛羅は砂で完全に防御する。
 私は、巨大扇子で風を生み出し、防御する。
 でも、それだけじゃ我愛羅みたいに完全には防御しきれない。

 敵の攻撃が来た。

 駄目だ……避けきれない……

 その時私は、無傷でいる事を、諦めた。

 …………
 …………
 ん?
 確かに、敵の攻撃が来る音が聞こえたのに。
 私は、何処にも怪我をしていない。
 隣にいる、カンクロウも。
 我愛羅は、砂の防御で完全に無傷。

 だけど、私もカンクロウも、砂の防御がある我愛羅のように、無傷なのだ。

「先生!」

 カンクロウの声で、私は顔を上げた。
 私達の目の前には、先生がいた。
 先生が、私達の為に攻撃を自ら喰らっていたのだ。
 私達の目の前にいる先生は、血を流している。

 ちらりと、振り返ってくる。
 その目は、無事か……、と確認しているようだった。

「どうして、私を助けるんだよ!?」

 思わず、私は叫んでいた。

「お前達は、俺の部下だ」
「だけど……っ、私は、アンタに…………」
「煩い! お前達は俺が愛した女の娘と息子だ。それが、俺がお前達を守る理由だ。加流羅の代わりに、俺がお前達を守る」
「…………」
「我愛羅の砂の防御は加流羅なりの愛情だ。あれがあるから、あいつは俺が守らなくても守鶴に……加流羅に守られている。お前達にはそんな防御は無い。だから、俺がお前達を守る」

 他人に守って貰う程、私は弱くない。
 そう、言いたかった。
 けど、言えなかった。
 いや……言わなかった。

 守られたいと、思ったから。

 いつもお姉ちゃんだからって言われて、頼りにされていた。
 頼りにされ続けていた。
 私だって、誰かに甘えたい。
 誰かに頼りたい。
 そう、思い続けていた。
 誰にも言えなかったけど。

 この、目の前にある大きな背中は、私を守ろうとしている。
 守ってくれる。
 私は、この男に……この人に、守られている。
 何て、心地いい……。



*****



 私は、先生を殺そうとした。
 本気で。
 よく考えなくても、下忍なんかが上忍に敵うワケ、無い。
 それも、下忍になりたての私みたいなのが、砂の実力者だの、砂最強の忍だの言われている先生に。
 でも、私は勝てると思った。
 別に、先生は普段抜けているワケじゃない。
 でも、勝てると思った。

 私は、巨大扇子を使って「カマイタチの術」を、先生に喰らわせた。
 本気だった。
 私は、本気で、先生を殺そうとした。
 どうしてだろう。
 今考えても、わからない。
 もしかしたら、嫌いだったのかも知れない。

 「砂の実力者」と言われている癖に、まだ10代の子供である、我愛羅を恐れているこの男が。
 だけど、私の得意な「カマイタチの術」はあっさり破られた。
 先生の、片手で。
 先生が、右手を振り下ろした途端、私の「カマイタチの術」はかき消された。
 先生の「風の刃」で。
 しかも、先生は私に背を向けたまま。

「何のつもりだ?」

 静かに、先生は私にそう言ってきた。

「…………」

 私は、答えなかった。
 いや……答えられなかった。
 何故、自分でもこんな事をしたのか、わからないから。

「俺を、殺すつもりだったのか?」
「……そうだよ」
「お前に嫌われるような事でもしたか? それとも、俺みたいなのは生理的に受け付けないとか言うんじゃないだろうな」
「…………」

 何も、答えなかった。
 何て答えたらいいのか、わからなかった。

「テマリ」

 先生は、振り返って私の方を向いてきた。
 少しドスのきいた、怒っているような声。
 そりゃ、そうだろうなと思う。
 殺されかけたんだから。
 しかも、15歳も年下の自分の部下である下忍に。
 じっと、私を見ている。

 耐えられなかった。

「バカみたいなんだよ。風影なんかの命令をハイと聞くしか能ねぇのかよ!」

 私は爆発したように言った。

「風影様は、この里の長だぞ。命令を聞くのは当たり前だろうが」
「自分の息子に怯えているようなのが里長でいいのかよ、この里は!」
「…………」
「自分の妻を犠牲にしてまで最強の忍をこの世に出したのに失敗したなんて……! 母様は…………ッッ」
「加流羅は、それを承諾して守鶴をその身に宿したんだ」
「何で!!」
「風影様を、愛していたからだろう」
「……な……。あ、『愛していた』……!? バカな!」
「それ以外、その身に守鶴を宿す理由など無いだろう」
「…………風影が、無理矢理宿したんじゃ………」
「風影様は、加流羅にちゃんと説明したぞ。その上で、加流羅は承諾したんだ。その身に守鶴を宿す事を」
「…………」

 信じられない。
 母様が、風影を愛していた……!?
 何で、あんな奴を。
 何で。
 何で……

「……気が済んだか?」

 俯いている私に、先生はそう声をかけてきた。
 さっきまでの怒っているような声でない。
 いつもと、何ら変わらない声で。

「風影様はこの里の長であり、お前の父親だぞ。何故そんなに嫌う?」

 やっぱり、気付いていたんだ。
 先生は、私が風影を嫌っている事。

「あいつは、母様と、我愛羅を道具としか見ていない………自分の、道具としか…………」
「お前も、そうやって道具としか認識されていないんじゃないかと不安なのか」
「……な……っ!? …………心写しの術を使ったな!?」
「いいや。そんなものは使っていない」
「…………っ」

 クソ……ッ

「所詮忍は、戦いの為の道具だ」
「そんな事、知ってる。先生の口から何度も聞いた」
「だが、その前にお前は俺の部下だ。そして、それよりも……一人の少女だ」
「………え?」
「いくら気の強いお前であっても、不安に押し潰されそうな時もあるだろう。そんな時は、いつもと同じように振る舞わなくてもいい。泣きたい時は、泣けばいい」
「……な……何を言って………」
「自分の部屋で一人で泣くのも良し。誰かの胸を借りて泣くのも良し。もし、誰かの胸を借りたくなったら……俺ので良かったら、いつでも貸してやる」「…………」
「嫌なら、別にいいが」「…………」
「…………」「…………バカみたい」

 言い捨てるようにそう言って、私は部屋を出た。
 だけど。
 嬉しかった。
 私を、わかってくれている。
 私の、思い込みかも知れないけれど。
 先生は、他の大人とは違う。
 今、はっきりとわかる。

 これが、もしかしたら……
 ……んなワケ無い、か……
 バカみたい。

 そう、再び口に出して呟いてみた。
 今度は、自分自身に対して。




〜終〜