+++ W +++  火の国に最近新しく出来たテーマパークの名は、その名も「火の国ランド」。  その大盛況ぶりに、チケットはなかなか手に入らない、と専らの噂だ。  だが。  共に24歳の中忍、はがねコテツと、神月イズモの二人の手には、 その「火の国ランド」の無料招待券&一日フリーパスが握られていた。  同僚達(特にくノ一)に散々羨ましがられたが、彼等二人の心中はあまり晴れていなかった。  それは何故かと言うと……。  数時間前だった。  コテツとイズモの二人が廊下を歩いていると、正面から自分達より10cm以上背の高い男が歩いてきた。  少し長めの銀髪に、逆向きに巻いた額当て。  そして、口に銜えている千本……。  特別上忍の、不知火ゲンマだった。 「よぅ」  片手を上げ、恐らくはどんな女でもイチコロだろうと思われる笑顔を、二人に向けてきた。 「「こんにちは」」  二人はぺこりと、軽く頭を下げる。 「なぁ、お前等……今度の日曜、暇か?」  突然、そんな事を訊ねられる。 「「え?」」 「暇なら、俺達と付き合え」 「「……え?」」  俺「達」……!?  「達」って何だよ、「達」って!!  一瞬、コテツとイズモは困ったようにお互いに顔を見合わせた。  だが、意を決してコテツがゲンマに訊ねる。 「あの……ゲンマさんと、誰、ですか?」 「ハヤテに決まってんだろ」 「「は、はあ…………」」  確か、噂では聞いている。  いや……「噂」どころではない。  今や、「暗黙の了解」と化している。  特別上忍の、不知火ゲンマと、月光ハヤテが付き合っている、と言う事は。 「付き合え、って……何に、ですか?」 「火の国ランド」 「「え?」」 「火の国に新しく出来たテーマパーク。知ってんだろ?」 「「あ、はあ……」」 「それに行く事にしたんだよ、俺達。でも、ハヤテの奴恥かしがってな……  二人きりは嫌だって言うんだよ。Wデートならいいって言ったんで、お前等を誘う事にした」 「「な、何で俺達に!!」」 「そんなの、俺の勝手だろ」 「「そ、そんなぁ……」」 「先輩の言う事に逆らうってのか? あぁ?」  すると、ゲンマはコテツとイズモ二人に向かって睨みをきかせる。 「「い、いいえ……」」  ……とまぁ、そんなこんなで、無理矢理連れて行かれるような形になってしまったので、二人の心中は晴れないのだった。  そして、約束の日時。  二人は、私服姿で「火の国ランド」の入場口前にいた。  此処で待っていろ、とゲンマに命令されたからだ。 「……勝手だよなぁ、ゲンマさんも……」「ホントホント」 「俺達の都合なんて一切考えて無かったよな」「なぁ。まぁ……都合ついたからいいものの」 「ゲンマさんの勝手に付き合せてしまいまして本当にすみません」  不意に、そんな声が聞こえた。  コテツとイズモ、二人のすぐ後ろから。  恐る恐る二人が振り返ると、其処には私服姿のハヤテがいた。  にこやかな笑顔で、佇んでいる。 「「は、ハヤテさ……っ」」 「おはようございます」  驚き、仰け反る二人に向かって、ハヤテはのほほんと頭を下げる。 「「あ……おはようございます」」  慌てて、二人もぺこりと頭を下げて挨拶する。  現在、午前10時。  時間的に、「おはよう」が合う時間である。 「まさか本当にコテツくんとイズモくんも付き合わせるなんて……本当にすみません」 「「いえいえ」」 「迷惑、でしたか?」 「「いえいえ! とんでもないっス!!」 「ゲンマさんは、まだ来てないみたいですね。  まぁ、あの人が約束の時間ピッタリに来るなんて天変地異が起こっても有り得ないでしょうけど」 「そ、そんなに時間にルーズなんですか、ゲンマさんって……」  恐る恐る、イズモが訊ねる。 「ええ。流石、木の葉一の遅刻魔、カカシさんと仲が良いだけはありますよね」 「「…………」」 「あと30分は余裕で遅れて来ますから、のんびり待ちましょう」  相変わらずのほほんと言いながら、ハヤテはベンチに腰掛けた。 「ど、どうする?」「どうするっつったって……」  ベンチに腰掛け、本を読み出したハヤテに、コテツとイズモは少々不安げに小声で囁き合った。 「どうぞ」  囁き合っている二人に気付いたのか、本から顔を上げたハヤテは二人に向かって、空いている自分の隣を差す。 「「い、いいえ……大丈夫っス……」」 「一応、私の方が年下ですし、気を使わなくて結構ですから」 「「は、はあ……」」((そ、そんな事できるワケねぇじゃねーかァァー!!!))  年下とは言え、たった1歳差。  それに中忍と特別上忍である。  気を使わずにいられるわけ、無い。  そもそも、コテツとイズモは、ハヤテとはあまり話した事が無いから、尚更だ。  それから、三十分後。  まだ、ゲンマは姿を現さない。 「お、遅いっスね……」 「いつもの事ですから」  コテツの言葉に答えるハヤテの声は、少しばかり怒っているような気がした。    そして、再び三十分後。  不意に、読書していたハヤテは読んでいる本をぱたんと閉じ、立ち上がった。  何をするのかと思えば、印を結び始める。  何だ、何だ……!?  不安になりながらも、コテツとイズモは身を寄せ合いながらハヤテを見ていた。  ハヤテは、口寄せで刀を呼び出した。  そして、それを鞘から取り出す。  ま、まさか、俺達……斬られる!?  コテツとイズモがそんな不安を抱えていると。  刀を鞘から取り出したハヤテは、その刀で素振りを始めた。  何となく、殺気立っているような気がしてならなかった。  ま、まさか……ゲンマさんを斬る練習してるんじゃ……!?  風を切る音が、少し離れた場所にいる二人にも聞こえてくる。  それから、一時間後。  漸く、ゲンマが姿を現した。 「よーっス!」  私服姿で、相変わらず明るい笑顔を浮かべている。 「ゲンマさん、遅いですよ!」「何時間遅れれば気が済むんですか!」 「いやー、悪い悪い。カカシに捕まってさー。イルカとのノロケ聞かされて……」  コテツとイズモに文句を言われても、ゲンマはやはりあははと笑っている。  すると、その時だった。 「……お前、それでも人間か………」  そんな声が聞こえた。  三人が振り返ると、其処にはハヤテが佇んでいた。  刀を持ったまま。 「ハヤテ。すまん。遅れちまったぜ! アハハハハ……」 「お前の母ちゃん何人だァァァァァ!!!!」  ハヤテは怒鳴りながら、手にしている刀をゲンマに向かって振り下ろした。 「「うわ…………っっ」」  コテツとイズモは、思わず抱き合った。 「ふう……」  ゲンマは、ハヤテが振り下ろしてきた刀を真剣白刃取りしていた。  ゲンマの目の前にいるハヤテは、まるで鬼のような形相をしている。 「甘いな。俺だって伊達にお前の攻撃を何度も喰らってるわけじゃ……」 「いい加減にしないと……」  ゲンマの真後ろから、そんな恐ろしげな声が聞こえて来た。  まるで、呪いのビデオを見た一週間後に貞子がやって来たような、そんな恐怖をゲンマを襲っていた。  ゲンマの真後ろに、ハヤテがいた。  影分身だ。 「ひ……っ」 「そのホクロ引き千切るぞ……!!」 「ぎ……っギャアアアアァァァァァ!!!!!」  数分後。 「本当にすみませんでした」  ハヤテに斬り付けられたゲンマが、ハヤテに向かって土下座していた。 「あの、これはカカシの陰謀なんです」  言い訳しようとゲンマが顔を上げた途端、ハヤテの踵落としがゲンマの前頭葉を襲った。 「ぐ……っ」  ゲンマの顔面が、地面にめり込んでいる。 「人の所為にするな!!」  ゲンマの目の前で、仁王立ちしているハヤテはゲンマを冷たい目で見下ろしていた。 「…………すびばぜん(すみません)」 「私よりも、コテツくんとイズモくんに謝りなさい。何時間待たせたと思ってるんですか」 「すみませんでした」  頭を下げたまま、ゲンマはコテツとイズモに向かって言う。 「「い、いえ……気にしてませんので……」」 「いい後輩を持ちましたね」 「ホントに……」  漸く前頭葉からハヤテの足が離れた。  ゲンマは顔を上げ、恋人を見上げた。 「何してるんですか。早く立って下さい」 「は、ハイ……っ」 「では、行きましょうか」 「はい……」 「コテツくんとイズモくんも、一緒に入りましょう」 「「は、はい……!」」  ハヤテに言われ、コテツとイズモは慌てて返事する。  そして、四人は「火の国ランド」に入っていった。 「まずは、観覧車ですね」  ゲンマの手を引き、大きな観覧車を指差しながら楽しげにハヤテは呟く。  日曜だからか、園内は込み合っていた。  4人は観覧車の前の行列に並ぶ。 「一時間待ち……みたいっすね」  そう記されている看板を見て、コテツはポツリと呟く。 「これの次はジェットコースターにしましょう」  一時間待ちもものともせず、ハヤテはこの次に乗るアトラクションを、パンフレットを見ながら決めていた。 「え〜。俺、絶叫系って苦手」  ハヤテの言葉に、ゲンマは文句を言い出す。 「特別上忍の癖に情けないですね」 「別に乗れないってわけじゃねぇし。お前が乗りたいなら俺も付き合うさ。ま、実際の話俺が本当に乗りたいのは……」 「その話は今は無しです」 「え〜」 「待っている間にソフトクリーム買って来て下さい。私と、コテツくんと、イズモくんの分」 「え。何で」 「食べたいからに決まってるじゃないですか。早くして下さい」 「……ったく……。わかったよ………」  ハヤテの言葉に、ブツブツと文句を言いながらも行列から離れ、ゲンマはソフトクリームを求めて彷徨い始めた。 ((ゲンマさんってホント、ハヤテさんには弱いよなぁ……))  小さくなっていくゲンマの後ろ姿を見詰めながら、コテツとイズモはそんな事を考えていた。  一方ハヤテは、パンフレットを見て観覧車とジェットコースターの次に乗るアトラクションを考えているようだった。 「コテツくんとイズモくんは何に乗りたいですか?」 「「え……っ」」 「何に乗りたいですか?」  コテツとイズモにそう訊ねながら、ハヤテは自分が見ているパンフレットを二人に見せるように広げた。 「あ、何でもいいっす」 「駄目です。決めなさい。上忍命令です」 「うわ、何すかソレ。公私混同っすよ。職権乱用反対」 「……斬りますよ?」  コテツの言葉に、ハヤテはにっこりと笑顔でそう答えた。  すると、その笑顔を見た途端、コテツとイズモの顔色はたちまち真っ青になった。 「こ、ここここ……コーヒーカップ乗りたいなぁ……な、イズモ!」 「あ、あ、あ、あ、は、はい……っ」 「コーヒーカップ……。ん……じゃあ、ジェットコースターの次はソレにしましょう。それじゃあ、その次は……」  再び、ハヤテはパンフレットをじっと見詰めて決めかねている。  その時、両手にソフトクリームを持ったゲンマが戻ってきた。  二つとも、チョコとバニラのミックスだ。 「何で二つなんですか」  一つを受け取りながら、ハヤテはゲンマに文句を言う。  ゲンマは、もう一つのソフトクリームをイズモに渡しながら、ハヤテに言葉を返す。 「生憎、俺はハナハナの実の能力者じゃないんでね。手をもう一本生やす事は出来ないの。二つ持つのが精一杯」 「……影分身すればいいじゃないですか」 「そんなくだらない事でチャクラ使いたくない」 「くだらない事……!?」 「お二人とも、喧嘩はやめて下さい」 「俺達、二人で食いますから」  今にも喧嘩をはじめそうなゲンマとハヤテの二人に、コテツとイズモは慌ててそう言った。 「いい後輩を持ちましたね」 「そうそう」  ハヤテが持っているソフトクリームを、ハヤテの手ごと自分の方に引き寄せて舐める。 「あー! 何するんですか汚い!」 「な……! お前、恋人に向かって汚いとは何だ!」 「ゲンマさんが汚いのではなく、ゲンマさんが舐めたから汚いんです」 「うわ、ひでぇ。こんなに可愛い口からそんな辛辣な言葉が出てくるなんて」  ハヤテの頬を自分の両手で挟み込みながら、ゲンマは不満そうに言う。  ゲンマに頬を挟まれても、ハヤテは表情一つ変えずにソフトクリームを舐めていた。  ソフトクリームを舐めながら、ハヤテはじっとゲンマの顔を見上げている。 「……お前は可愛いなぁ……」 「鬱陶しいです」 「…………何て事を言うんだこの口は。俺の口で塞ぐぞ」 「お好きにどうぞ。今したらチョコ味です」  ミックスソフトクリームのチョコ味の部分を舐めてから、ハヤテはそう言った。  そんなハヤテを見て、ゲンマはソフトクリームのバニラ味の部分を舐めてから、ハヤテに口づけた。 「これでミックス味だな」  ハヤテから口を離しながら、ゲンマはハヤテの顔をじっと覗き込む。  だが、やはりハヤテは表情一つ変えずに、じっとゲンマの顔を見詰めている。  視線で受け答えしているかのように。  ゲンマの顔を見詰めていたハヤテの目が、ゲンマからコテツとイズモに移った。  だが、ハヤテの視線に気付かずに、コテツとイズモは仲良くソフトクリームを舐めている。  イズモは持っているソフトクリームを舐めると、すぐにコテツに差し出す。  すると、コテツはイズモに持たせたまま、そのソフトクリームを舐める。  ハヤテがコテツとイズモの二人を見ている事に気付いたゲンマも、二人を見る。  幸せそうにソフトクリームを舐めていた二人は、ハヤテとゲンマの視線に漸く気付き、顔を上げた。  そして、ハヤテとゲンマがじっと自分達を見詰めているのに、赤面する。 「な、何見てるんスか……っ」 「そうやってまじまじと見ないで下さいよ……」 「仲睦まじいですね」  不意に、ハヤテは無表情でそう呟いた。  皮肉が感じられるような言い方だった。 「ハヤテさんとゲンマさんの方が……仲睦まじいじゃないですか」 「そ、そうそう。俺達より恋人らしいじゃないですか」 「俺達はどう見ても幼馴染みだし」 「なあ」 「……コテツくんとイズモくんは、ただの幼馴染みで、恋人同士では、無いんですか」 「「え……っ」」 「じゃあゲンマさん、嘘ついてたんですか」 「「嘘って?」」  ハヤテの言葉に、コテツとイズモは顔を上げてゲンマを見る。 「え? 俺、お前に嘘ついた覚えはねぇけど? イワシやトンボ達がコテツとイズモはデキてるって……」 「あー! あいつ等そんな事言ってたんすか!?」  ゲンマの言葉に、驚いたコテツが叫び声をあげた。  周りにいる、行列に並んでいる人達が、こちらを向く。  最悪だ……と、ぽつりと呟きながらイズモはソフトクリームを持っていない方の手で額を押さえる。 「女同士ならともかく、男同士で仲良くしてたらホモと間違われるんだよ、この里では。  木の葉はホモだらけ、よって、女は腐女子だらけだからな」  何故か、ゲンマは愉しそうにそう言う。  ゲンマの言葉には耳も貸さずに、ハヤテはもうコーンしか残っていない、  食べかけのソフトクリームの残りをゲンマの口に無理矢理突っ込んだ。 「ぐほ……っ、お、おま……っ」 「あ。順番が来ました。乗りましょう」  無理矢理コーンを口の中に突っ込まれ咳き込むゲンマの手を引っ張って、ハヤテは観覧車に乗り込んだ。  慌てて、次の観覧車にコテツとイズモも乗り込む。 「わ〜、動いた動いた」  乗り込んだ観覧車の扉が閉まった途端、  ハヤテはまるで幼い子供のように窓の外をじっと見ながら愉しそうに呟いた。  そして、そんなハヤテを見詰めながら、ゲンマはしみじみと呟く。 「……可愛いなぁ……」 「ゲンマさん、動いてます、動いてますよっ」 「あ〜、ハイハイ。お前は可愛いなぁ……」 「ちょっと……っ、聞いてるんですか!?」 「ああ、聞いてる聞いてる」 「……もう」 「どんな顔しててもお前は可愛いなぁ……」 「あまり人の顔をじろじろと見ないで下さい」 「しょーがねぇだろ、可愛いんだから」 「……もう!」  惚気たゲンマの言葉に、ハヤテは嬉しそうな顔もせずにむくれるだけ。  ぷいっとそっぽを向くように窓の外を再び見詰める。 「あっ、あれ、コテツくんとイズモくんが乗り込んだゴンドラですね」 「おっ、何してる、あいつ等」  窓の外を見詰めながら呟いたハヤテの言葉に、ゲンマはハヤテの隣に座り込み、窓の外を見た。  ハヤテが座っている席の後ろ側にある窓から、コテツとイズモが乗り込んだゴンドラが見える。  そして、そのゴンドラの窓から、中にいる二人の様子も見て取れた。 「ソフトクリーム食べてますね。本当に仲睦まじい……」 「じゃ、俺達も仲睦まじくしてみるか」  と、ゲンマはハヤテを抱き寄せる。  だが、そんなゲンマの腕を、ハヤテはするりとすり抜けた。 「結構です」  ゲンマの方を見もせず、窓の外をじっと見詰めながらハヤテはキッパリと言い切った。 「……遠慮すんなよ」 「してません」 「可愛いなぁ、もう」  鼻の下を伸ばしながら、ゲンマは再びハヤテの隣に座り込む。  そして、逃がすまいとハヤテの腕をガッシリ掴んだ。 「離して下さい」 「嫌だね。何でそう逃げるんだよ。ホラ、二人きりなんだぜ? 照れる事ねぇって」 「……照れてなんか……」  ゲンマに腕を掴まれているハヤテは、少し頬を赤くしてそっぽを向く。 「確か……1周30分だっけ。最近の観覧車は」  突然、そんな事をゲンマは言い出した。  やはり、まだハヤテの腕を掴んだまま。 「そう……だと、思いますけど」 「………………何発できるかね」 「何がですか?」  首を傾げなら、きょとんと訊ねるハヤテに、ゲンマは無言でニヤリと笑った。  そして、掴んでいるハヤテの腕をグイッと自分の方へ引き寄せた。  その時漸く、ハヤテはゲンマが何を考えているのか気付いた。 「ま、まさか……っ」 「そう、そのまさか♪」    さあっと顔色を真っ青にするハヤテに対し、ゲンマはにっこりと微笑んだ。  逃げようとしたが、時すでに遅し。   「逃げる事ねぇだろ」 「そりゃ逃げますよ、こんな所で……」 「誰も見てない、俺達二人きりだぞ」  そう言いながら、ゲンマはハヤテの上に馬乗りしようとする。 「ゆっ、床……硬くて痛いじゃないですか……」 「じゃ、お前俺の上に乗っかってていいから。俗に言う、乗っかり受けで」 「ふざけないで下さい! 青姦は嫌だと何回言ったらわかるんですか!」 「……一回だけ。な?」 「イ・ヤ・で・すっ」  慌ててハヤテは、自分の上に乗っかろうとしているゲンマを思い切り押し退ける。 「……ちぇー」 「全く……何考えてるんですか。そもそも、観覧車というのは景色を楽しむ為にあるんです」 「そうなのか? 俺ぁ、てっきり一周する間に何回できるか競うもんだとばっかり……」 「競うって……誰とですか」 「カカシ」 「…………」 「お。もうそろそろ着陸だな」 「…………」 「そんな顔すんなよ。折角の可愛い顔が台無しだぞ〜?」 「余計なお世話です」  そして、ハヤテはゲンマからぷいっとそっぽを向く。  ゲンマとハヤテの二人が乗り込んだゴンドラが着陸すると、少ししてから後続の、  コテツとイズモが乗り込んでいるゴンドラも着陸し、二人も降りてきた。 「次はジェットコースターです!」 「お前、一ヶ月前から乗りたがってたよな……そんなにいいかぁ? ジェットコースター……」 「何ですか、恐いんですか? 情けないですね、三十路の癖に……」 「俺はまだ29だ!」 「早く早く!」  ゲンマの叫びを無視し、ハヤテはゲンマの腕を引っ張ってジェットコースターの列の最後尾に並んだ。  慌てて、コテツとイズモも続く。 「これは30分待ちみたいだな」 「コレの次はコーヒーカップ、その次は……お化け屋敷にしましょう」 「いや、コーヒーカップの前に昼飯にしようぜ。腹減った」  と、ゲンマはまるで妊婦のように、自分の腹を擦る。  だが、そんなゲンマの隣にいるハヤテは、パンフレットをまじまじと眺めながら  今日一日で「火の国ランド」の中にある全てアトラクションを乗る気満満で、全く聞いていなかった。 「聞けよ、人の話……」 「…………お腹空いた」  まるで神の啓示を受けたかのように突然、パンフレットをまじまじと眺めていたハヤテは顔を上げ、そんな事を呟いた。 「だーかーらーぁ、俺がさっきっから何度も言ってるだろうが」 「待っている間に何か買って来て下さい」 「さっき俺が行ったんだからお前行けよ」 「…………コテツくんとイズモくん、じゃんけんして勝った方が買って来て下さい」  くるりと、コテツとイズモの方を向いてハヤテは真顔でそんな事を言った。  公私混同、職権乱用の命令である。  勿論、コテツとイズモが断われる筈も無く。  二人はじゃんけんした。  勝ったのは、コテツ。 「ギャー! 勝ってしもたー!!」  チョキにしている右手首を、左手で掴みながらブルブルと震わせながらコテツは叫ぶ。 「ほ……っ、負けた……じゃんけん弱くて良かったぁ……」  パーにしている右手の掌を見詰めながら、イズモはほっと胸を撫で下ろす。 「買って来ますよ、買って来ればいいんでしょー!」  泣き出しそうになりながら、コテツは行列から離れ、走り去っていった。  そんなコテツの後ろ姿を、イズモは同情めいた目で見詰めていた。 「何買って来てくれるでしょうかねぇ」 「チュロスとかじゃないんすか?」  わくわくしている様子のハヤテに、イズモはいささか冷えた言葉を返す。  だが。 「それじゃお腹が膨れません。却下です」  イズモの言葉に、もっと冷たい口調でハヤテはそう返した。 「却下って……」 「折角買いに行ってくれてんだから、買って来てくれたもんはちゃんと食うのが礼儀だろ」  少し慌てたように、ゲンマはハヤテにそう言う。  我侭言う幼い子供を宥めている母親のように。 「礼儀知らずで結構です」  だが、ハヤテはそんなゲンマからぷいっとそっぽを向く。 「……怒った顔も可愛いな〜……」  ゲンマはゲンマで、そっぽを向いたハヤテの横顔を、鼻の下を伸ばしながら見詰めている。 (…………そうだった……ゲンマさんはめちゃくちゃハヤテさんには弱いんだった…………) 「お待たせしました」  そう言いながら、細長い棒状のものを4本抱えて戻ってきたコテツ。  イズモが予言したとおり、チュロスを買って来たようだ。 「うわ、すげぇ……イズモって予言者?」 「いつも一緒にいるから考えてる事とかわかるだけっすよ」  苦笑しながら、イズモはコテツから一本のチュロスを受け取った。 「じゃあ、俺達もいつも一緒にいるからお互いの考えてる事とかわかるのかねぇ」  コテツから二本のチュロスを受け取りながら、ゲンマは隣にいるハヤテを見てそう言った。  二本のうち、一本のチュロスをハヤテに渡す。 「何だよ、文句言ってたくせに食うのか」 「じゃ、捨てます」  ゲンマの言葉で、ハヤテは手に持っているチュロスを傍のゴミ箱へ入れようとした。 「うわーッ」  慌てて、ゲンマはハヤテが手を離そうとしているチュロスを掴んだ。 「食べ物を粗末にするな!」 「……ゲンマさんが、怒った……」 「当たり前だろ! お前の命令でわざわざコテツが買って来てくれたのに!!」 「でも、この間ゲンマさん、私が作ったほうれん草のお味噌汁とほうれん草のお浸し、食べませんでした」 「あれは……だな、その………」 「ピーマンの肉詰めも食べませんでした」 「……う……っ」 ((…………ゲンマさんって、やっぱハヤテさんには弱いよなぁ…………))  ゲンマとハヤテのやりとりを聞いて、コテツとイズモは目配せしながら互いにそう思った。 「あ。順番来ました。最前列に乗りましょう」 「うげっ」  相当恐いアトラクションなのか、止まっているジェットコースターの最前列には誰も乗ろうとしていない。  わくわくして目を輝かせているハヤテは、意気揚々と最前列に乗り込む。  慌てて、ゲンマはそんなハヤテの隣に座る。  コテツとイズモは一瞬目配せして考えたが、すぐに二人の後ろの列に乗り込んだ。 「発車しまーす」  係の人の声がしたかと思うと、四人を乗せたジェットコースターはがたんと動き出した。  そして、すぐに上昇する。  スピードも、増してきた。 「うわ、うわ、うわ、うわ、うわ、うわ……っ」 「楽しいですねぇ」  恐怖に震える声を発しているゲンマの隣で、ハヤテは相変わらずのほほんと微笑んでいる。 「何処がッ」 「人々の恐怖に震える声を聞くのが何よりも楽しいです」 「……最悪な楽しみ方するなーッ」 「ひゃっほーっ」 「ギャ―!!!」  特上二人が楽しんでいる後ろで、中忍の二人は黙り合い、互いの手を握り合っている。  上昇するたび、スピードが増すたび、下降するたび、握り合っている手の力は強くなる。 「ゲンマさんの声が一番でしたね。横で聞いてて楽しくなりました」  ジェットコースターを終えると、両手を天へと伸ばしながらハヤテは気持ち良さそうに言う。 「……最悪だな……、お前…………」 「じゃ、次はコーヒーカップですね」 「ちょ、ちょっと待って……、待って……くれ……」 「…………『待って下さい』でしょう?」 「待って、下さい……」 「嫌です」 「…………」  にっこり笑顔で断わるハヤテ。  そんな笑顔を、絶望に似た気持ちで見詰めるゲンマ。 「ま、まあまあ……」 「ゲンマさんもこんな状態ですし、少し休みましょうよ……」  慌てて、コテツとイズモが割って入る。  一瞬、ハヤテにギロリと睨まれたような気もしたが。 「ホラ、見て下さいよ。中忍の二人が平気な顔してるのに特別上忍のゲンマさんは何ですか。情けない」  両手を腰に当て、溜め息を深々とつきながらハヤテはゲンマに言う。 「人には得手不得手があるんだよ!!」 「じゃあ、ゲンマさんの不得手ってのはジェットコースターと、ほうれん草と、ピーマンって事ですね」 「…………そうだよ」 「じゃあ明日から毎日ほうれん草とピーマンにしてあげますね」 「余計なお世話だ!!」 「苦手なものは克服しないと」 「……いい……克服しなくても……」 「駄目です!」 「別にいいって」 「よくないです!」 「俺がいいって言ってんだよ!」  ついにはキレたのか、ゲンマは青白い顔を真っ赤にして怒りながら立ち上がる。 「………ゲンマさんが、怒った……」 「怒らせてんのはお前だろうが!!」 「お、落ち着いて下さい……」 「そうですよ……」  怒っているゲンマを、慌ててコテツとイズモが宥める。  だが、ゲンマは正面にいるハヤテを睨んでいる。 「……怒っちゃったんですか?」 「当たり前だろうが!!」  小首を傾げながら、ハヤテは少し上目遣いにゲンマを見る。  だがやはり、ゲンマは怒ったままだ。 「何で、それぐらいで怒るんですか……」 「……もういい。飯にしよう」  まだ怒りが収まらないのか、ゲンマは右手で額を押さえる。  一人で、オープンカフェ形式のレストランに入っていった。  慌てて三人もその後を追いかける。  ゲンマは、出入り口に一番近い対面式の四人掛けのテーブルに腰掛けていた。  ハヤテはその隣に、コテツとイズモは向かい側に腰掛けた。  ゲンマは無言で頬杖をつき、メニューを睨んでいる。  恐る恐るハヤテがそんなゲンマの横顔を覗き込んでも、気付いているのか否か、ずっとメニューを睨んだままだ。  コテツとイズモも何と不要に口を挟んではいけないような空気に、押し黙っていた。 「…………ゲンマさん」  その沈黙を破ったのは、ハヤテだった。 「ん」  メニューを睨んだまま、ゲンマはとりあえず返事する。 「……ごめんなさい」 「ん?」 「まさか……そんなに……怒るとは……思わなかったので……」 「…………」 「怒って、ますよね……」 「もういい。何かムカつくのも、多分腹が減ってるからだ。飯食おうぜ」 「…………ハイ」  食後、そのレストランを出ても、まだゲンマは何か怒っているようだった。  ハヤテは、一人ですたすたと歩いていくゲンマの後ろを、不安げな表情で追いかける。  その後を、コテツとイズモが追い掛けている形になっている。 「待って下さい」  早足で歩くゲンマの手を後ろから掴みながら、ハヤテは少しだけ引っ張った。 「あァ?」  手を引っ張られ、漸く立ち止まったゲンマ。  だが、まだやはり機嫌悪そうに振り返ってきた。 「折角の遊園地じゃないですか。怒ってたら、面白くないじゃないですか……」 「……じゃ、そんな遊園地で俺を怒らせたのは誰だ?」 「それは……私、です……」  ゲンマの言葉に、もごもごと俯いてしまったハヤテ。  叱られた子犬のような弱々しい瞳で、ゲンマを上目遣いに見詰めている。  そんなハヤテと目が合い、ゲンマは何かを思い付いたように一瞬だけニヤ、と笑った。  すると、ゲンマの手を掴んでいるハヤテの手を、ぐいっと引っ張って自分の方へ寄らせた。 「俺がまだ怒ってるっつったらどうする?」 「謝ります」 「謝るだけじゃ許さないって言ったら?」 「…………」  その途端、ハヤテは泣き出しそうな顔をした。  ゲンマは、そんな顔を可愛いと思う前に、もう少し苛めてやりたい衝動に駆られた。  ムスッとした顔だが内心、ニヤニヤ笑っていたりする。 「どうしたら、許してくれるんですか……」 「……どうしよっかなぁ……」 「どうしたらいいんですか」 「俺の機嫌でも取ったらどうだ?」 「ご機嫌取り……ですか」  ゲンマの言葉に、ハヤテはきょとんとした顔をした。  そして、小首を傾げゲンマの方を見る。 「そう。どうしたら俺の機嫌が良くなると思う?」 「………此処で脱げばいいんですか」  意を決したように、ハヤテは今自分が着ているシャツを脱ぎかけた。  それをあまり慌てずに止めたのはゲンマ。 「今此処で脱いだらもっと機嫌悪くなるぞ」 「どうして、ですか……」 「お前の裸を見ていいのは俺だけだ」 「…………」 「というわけで、こっち」  と、ゲンマはハヤテの手を引き、歩き出した。  何処へ行くのかと思っていると、トイレ小屋の裏の木々が生い茂っている場所へと入っていった。  慌てて、コテツとイズモも追い掛けようとする。  だが。 「ちょ、ちょっと待て!」  何かに気付いたイズモは、慌てて先を行くコテツの腕を掴んで止めた。  何だよ、という顔で振り向いてきたコテツに、 「あの二人、仲直りしようとしてんだろ。そっとしておこうぜ」 「でも、何であんな処へ入って行くんだ?」 「大人には色々と事情があるんだよ」 「大人って……一応、ハヤテさんは俺達より年下だろ。一つだけだけど」 「いいからいいから。先にコーヒーカップ乗ってようぜ」 「あ、ああ……」  イズモはコテツの手を引き、何とかその場から離れる事に成功した。  もし邪魔したり目撃でもしたら、その後であの二人に恨まれる事は目に見えていた。  特別上忍二人に恨まれるのは何とか避けたいものである。 「さあ、脱げ」  小さな林のような、森のような場所に入り込むと、ゲンマは何だか楽しげに腕組をして言った。 「……此処は……?」 「こんな所に入ってくる奴なんかいねぇだろ。二人っきりの場所だ」 「は、はあ……」 「ホラ、早く。早くしねぇともっと機嫌悪くなるぞ」 「………誰かに、見られたら……」  と、ハヤテはちらちらとトイレの外壁から少し伺える程度に見える遊園地内を気にしている。 「さっきもっと目立つところで脱ごうとしたのは誰だよ」 「あれは……咄嗟に……そうしないと、ゲンマさんが機嫌直さないと思って……」 「いいから脱げって」 「……私が、脱いだら……どうするんですか」 「さあねぇ」  ハヤテの不安げな声に、ゲンマはニヤリと笑う。 「さあねぇって……」 「何何、一人じゃ脱げないって? 甘えん坊だなぁ、全く……よし、お兄さんが手伝ってあげよう」 「お兄さんって……」 「嗚呼、10年前のお前に逢いたかった……」  嘆くように呟きながら、ゲンマは手を伸ばしハヤテのシャツの裾を握る。 「………10年前なら、逢ったじゃないですか……それに………」 「その話はそれ以上するな。蓮堂はこれから、それを小説にする気なんだぞ」 「あ……っ、そうでした」  慌てて、ハヤテは口を噤んだ。 「先に乗っていいのかぁ?」  コーヒーカップの順番待ちの列に並びながら、コテツは隣のイズモに訪ねる。  さっきから、ちらちらとゲンマとハヤテが消えていったトイレの裏を気にしている。 「そっとしておくのが一番なんだよ」 「ふうん?」  イズモの言葉に、コテツはあまり納得していない様子。  だがそれでも、納得しているように見せかけてはいる。  コーヒーカップは、あまり行列が無く、すんなりと乗り込めた。  順番が来た途端、コテツはまるで幼い子供のような目ですぐに乗り込む。  もう、ゲンマとハヤテの事を忘れてしまったらしい。  イズモとコテツの二人は、赤いコーヒーカップに乗り込んだ。 「よーし、回すぞーっ掴まってろよっ」 「え? え?」  コテツの言葉にきょとんとしながらも、イズモはハンドルをしっかりと掴んだ。  それを確認すると、コテツはハンドルをぎゅるんっと回し始めた。  その途端、二人が乗り込んでいるコーヒーカップは回転を早めた。 「うわ……っ」 「ヒャッホーッッ!!」  二人が乗り込んでいるのは、どのコーヒーカップよりも回転が早い。  コテツは相当楽しんでいるが、イズモはかなり参っているようである。  さっきのジェットコースターで、ゲンマとハヤテの時と同じだ。 「楽しかったぁーっっ」  コーヒーカップを終えると、コテツはやはり相当楽しかったらしく、まだ少し名残惜しそうにしている。  だが、一方でイズモは、気分を悪くしたのか、ハヤテよりも顔色を真っ青にしてベンチに腰掛けている。 「……大丈夫か? 情けねぇな……」 「人には得手不得手があるんだよ!」 「さっきのゲンマさんと同じ事言ってら……」 「う……気持ちワル……」 「何か、飲み物買って来てやるよ。待ってな」 「ああ……」  項垂れるようにベンチに腰掛けているイズモを一人残し、コテツは行ってしまった。  一人残されたイズモは、ただ気分が落ち着くのを待っていた。 「あれ、コテツは」  すると突然、声をかけられた。  その聞き覚えのある声と口調に、顔を上げると、其処にはゲンマがいた。  その後ろには、ハヤテがいる。  少し、顔が赤い。 「今、飲み物買いに……」 「……コーヒーカップ、乗ったのか」 「え、ええ……」 「よし、じゃあ俺達も乗ろうぜ」 「え……っ」  赤い顔で俯いているハヤテの細い腕を掴んで引っ張りながら、ゲンマはそう言った。  ヤったばかりの肉体にああいうアトラクションは少々辛いものがあるのではと思ったが、  イズモは命が惜しいので言わない事にした。  →→→ 2 へ続く