+++ W・2 +++ 「お待たせ、ホラ」  ゲンマとハヤテがコーヒーカップに載っている間に、コテツが戻ってきた。  手には、大きな紙コップが二つ。  片方を、イズモに差し出した  中には、いい加減にしろと言いたくなるぐらい大量の小さな欠片のような氷と、  泡が浮かんでいる緑色の液体が入っていた。  メロンソーダだ。  イズモの隣に座りながら、コテツはもう一つの紙コップの中身を飲みだす。  匂いからして、コテツの方の紙コップには、オレンジジュースが入っているらしい。  さっきから一口も飲んでいないイズモに、コテツは心配そうな目を向けてきた。 「そんなに気分悪いか? 大丈夫か? 医務室、行くか?」 「いや、いい……大分楽になってきた」 「ジェットコースターならともかく、コーヒーカップなんかで気分悪くなるなんて……  何つーの……弱いな〜……」 「お前があんなに回したからだろーがッッ」  コテツの言葉に、思わずイズモは手にしている紙コップを握り潰した。  その紙コップの中にはまだ大量の氷とメロンソーダが残っており、  握り潰された事によってイズモの手を濡らした。 「アハハハ、元気出たみたいだな」 「くそぉ……っ」 「あ〜楽しかった!」 「…………全然楽しくありません……」  すると其処へ、コーヒーカップから二人のバカップルが戻ってきた。  満足げに微笑んでいるゲンマの後ろで、ハヤテは真っ青な顔をしている。  いつもより余計に青白くなっております。 「ジェットコースターは平気なのに、コーヒーカップが駄目だなんて変な奴だな〜」 「ゲンマさんがあんなに回したからじゃないですかっ!」 「あははは〜。飲み物買って来てやっから、座ってな」  笑いながらゲンマは、ハヤテをベンチに座っているイズモの隣に腰掛けさせた。  そして、コテツが飲み物を買いに行ったのと同じ露店へと、飲み物を買いに行った。  その後ろ姿が見えなくなると、ハヤテは深々と溜め息をつき、俯いた。  彼の周りにはあからさまなブルーの空気が漂っている。  コテツとイズモは何て声をかけたらいいのかわからずに、ただ戸惑いを覚えていた。 「あ……あの、だ、大丈夫……っすか………?」  漸く、隣に腰掛けているイズモがそう声をかけた。  だが、その声にハヤテは顔も上げず俯いたまま、首を横に数回振っただけ。 「だ、駄目だって……どうしよう」  イズモは顔を上げてコテツに向かって小声で呟いた。  だが、コテツは目を合わせずに向こうを向いている。  コノヤロ、と思いながらもイズモは必死にハヤテに話題を振る。 「次……、何乗ります?」 「お化け屋敷」 「腹、減ってませんか?」 「さっき食べたばかりです」  もう何を言ったらいいのかわからずに、イズモは助けを乞うようにコテツの方を向いた。  だが、コテツはそんなイズモの視線を気付かないフリをしてそっぽを向く。 「あ、ゲンマさん戻ってきた」  ほっと胸を撫で下ろしながら呟くようにそう言ったのはコテツだ。  確かに、こちらに向かって紙コップを二つ持って小走りで近付いてくる銀髪の青年がいる。 「ホレ。烏龍茶」  やはり、中にはコレでもかという程の小さな氷が入っている。  烏龍茶の入った紙コップを、ハヤテに手渡すと、ゲンマはハヤテの隣に座り、もう一つの紙コップの中身を飲みだした。 「元気出せよ。そりゃさぁ、ヤッたばっかであんなアトラクション乗れば尻痛くなるだろうけどさぁ。  元々はお前がコーヒーカップに乗りたいなんて言うから」 「コーヒーカップに乗りたいと言い出したのは私では無くコテツくんとイズモくんです」 「でも結局はお前も乗りたかったんだろ」 「いえ、別に」 「……かぁ―――!! 可愛くねぇ!! 此処で『ハイ、乗りたかったんです』なんて言ってみろ。もう一発イクぞ」 「…………」  ゲンマの言葉に、ハヤテはギロリとゲンマを睨んだ。  そのあまりもの迫力と殺気に、すぐ傍にいる中忍のコテツとイズモは少々戦く。  特別上忍の殺気が漂っている。 「と言うのは冗談で……次、お化け屋敷だろ。ほら、行くぞ」  手にしている紙コップの中身を全て口の中に入れ、小さい氷を噛み砕きながらゲンマはハヤテの腕を引っ張る。  だが、ハヤテは嫌がるように掴んできたゲンマの手を振り払う。 「何だよ……行くぞって」  再び、ゲンマはハヤテの腕を掴んで引っ張った。  だが、やはりまた振り払われた。 「行かねぇのかよ」 「ええ、行きません」 「……何怒ってんだよ」 「怒ってなんかいません」 「怒ってんじゃん」 「怒ってません!」 「………どう見たって怒ってるよなぁ? コテツ、イズモ?」 「「え……っっ」」  突然、ゲンマはコテツとイズモに話を降ってきた。  勿論、あまりにも突然の事でコテツとイズモは言葉に詰まる。  だがゲンマがコテツとイズモの名を呼んだ途端、ハヤテは顔を上げて二人を睨んできた。  心なしか、殺気立っているように見える。 ((ひ、ひぃぃ……っ、こっ、恐い…………っっ)) 「ホラ、コテツとイズモ怯えてんじゃん。あんま恐い顔すんなって」  ぷに、とゲンマはハヤテの頬を突付く。  すると、ハヤテは頬を突付いてきたゲンマの指を掴むと、その手に力を入れた。 「痛ててててっ痛い、痛い、痛いです、ハヤテさん」 「このまま折りますよ?」 「すみませんやめて下さい俺が悪かったです」 「反省してるんですか」 「してますしてます海より深く反省」  ゲンマのその言葉に、ハヤテはゲンマの指を掴んでいる手の力を強めた。  思わず、ゲンマは悲鳴をあげる。 「反省しているようには見えません」 「してますっ」  必死になってゲンマが叫ぶと、漸くハヤテは掴んでいるゲンマの指を離した。  ゲンマは涙目で、離された指を擦る。 「ハヤテさん、怖い」  少し怯えたような目で、ゲンマがハヤテを見ると、突然ハヤテはベンチから立ち上がった。  何をするのかと思えば、ゲンマの腕を掴んですたすたと歩き出した。  慌てて、コテツとイズモも、二人の後を追う。  ハヤテは、ゲンマの腕を引いてお化け屋敷の行列に並んだ。 「結局、入るんじゃねぇか……」  行列の先にあるお化け屋敷を見詰めながら、呆れたようにゲンマは呟く。  そのゲンマの呟きを聞いて、ハヤテはギロリとゲンマを睨む。  今度は、睨まれてもゲンマは全く怯まなかった。 「何怒ってんだよ。6回入れたのが不味かったか?」 「数の問題じゃありません」 「じゃあ、何だ? テク?」 「…………もうあなたとは喋りたくありません。イズモくん、行きましょう」 「「「え……っ」」」  ゲンマの言葉に相変わらずムスッと答えているハヤテ。  自分達の順番が来ると、隣にいるゲンマではなく、後ろにいるイズモの腕を引っ張って入っていってしまった。 「あーハヤテー……」「イズモ……」  おいてかれた二人は、慌てて入り込もうとしたが、一度に入れるのは一組だけ、と係員に止められた。 「何で、俺なんですか」  ハヤテに腕を引っ張られて半ば無理矢理入れられたイズモは、自分の少し前方を歩くハヤテの背中に訊ねる。 「別に深い意味はありません。コテツくんでも良かったんですけど」 「はあ……」 「あれ、ミイラ男ですかねぇ…………あ、あっちは狼男。こっちはフランケンシュタインですね」 「はあ……」  お化け屋敷だと言うのに、ハヤテはさっきから出てくるお化けを見付けては指差して笑っている。  恐がられるのならともかく、笑われる事には慣れていないのか、お化けたちも少し困惑気味だ。  一人で笑っているハヤテの少し後方から付いてくるだけのイズモも、困惑している。 「ちょ、ちょっと……っそんな早く歩かないで下さいよ……」  一人ですたすたと早足で歩いているハヤテの後を、小走りにイズモは追いかける。 「恐いんですか?」 「そ……っそんなっ」 「情けないですねぇ。試験官にも選ばれたエリート中忍が。本当に私より年上なんですか?」 「む……っ」  揶揄するようなハヤテの言葉に、流石にイズモも少しムッとした。 「恐いだなんて一言も言ってないじゃないですか」 「そうですか。それは失礼」  反論するイズモの言葉に、ハヤテはくすりと微笑みながら一応は謝罪する。  だが、やはりその微笑みも揶揄しているようだった。  少なくとも、イズモにはそう感じられた。 「あ、もう出口なんですね。つまらないですね、此処」  本当につまらなかったらしい事は、そんなハヤテの言葉の一つ一つに感じられる。  二人の前方に、白い光が見えた。  出口だ。 「次は何にしましょうかねぇ」  出口を目指しながら、ハヤテはそんな事をのほほんと呟く。  そして、出口に近付いた、その時だった。  チェーンソーを持った、大柄な男が現われた。  ジェイソンだ。 「「ギャアアアア!!!!」」  かなり突然で、しかも出口付近で気が抜けていた事もあり、二人はかなり驚いた。  一瞬、イズモは目の前が真っ白になった。  だが、次の瞬間、視界が開けると信じられない光景が広がっていた。  ジェイソンが、すぐ目の前にいた。  さっきまで、あの目の前が真っ白になった直前は、確かに自分はジェイソンから少し離れた場所にいた。  ハヤテがさっさと早足で歩いて行くから、追い付けなかったのだ。  出口付近で突然現われたジェイソンは、ハヤテの目の前に現われた筈だった。  なのに今、ジェイソンはほんの一瞬でイズモの目の前に移動してきたのだ。  …………いや。  実は、ジェイソンが移動したのではなく、イズモが移動していたのだ。  その証拠に、今イズモがいるのはつい直前までハヤテがいた場所だ。  それに、ハヤテの姿が消えている。  その結果、導き出された結果は。   い け に え だ   人 身 御 供 だ  ハヤテは、突然現われたジェイソンから、変わり身の術を使って逃げたのだ。  そして勿論、その「変わり身」とされたのは、イズモだ。 「は、は、ハヤテさん……っ酷いっすよぉ! 俺を変わり身に………っっ」  何とかジェイソンから逃げ(と言うよりジェイソンはお化け屋敷の係員なのだから、傷付けられる恐れは全く無いのだが)、  お化け屋敷から飛び出たイズモは、いる筈のハヤテに文句を言った。  だが、いなかった。  ハヤテがいない。 「あれ……っ」  思わず声に出し、きょろきょろと辺りを見回してみると、少し離れた場所にあるベンチに、ハヤテは腰掛けていた。  背凭れに凭れかかるように。  しな垂れている。  かなり顔色が悪い。 「ハヤテさん……大丈夫ですか」  いつもより真っ青になっているハヤテに心配そうに声をかけた。  だが、ハヤテの視線は焦点が合っていない。 「しっかりして下さいっハヤテさんっハヤテさんっっ」  ハヤテの細い両肩を揺さぶると、漸くハヤテはゆっくりと首を動かし、イズモの方を向いた。 「イズモくん…………ああ、無事だったんですね………良かった…………」 「は、はあ………」  そんな力なく言われてしまっては、責める気が失せてしまった。 「びっくりした………」  恐らくは、出口付近で突然現われたジェイソンの事だろう。 「気の抜けた出口付近に配置させると言う考えは非常に感心できますね。あれで一体何人の人が悲鳴をあげたでしょう……  私もその中に一人に数えられると言うのは非常に不愉快ではありますが…………」 「…………」  まだ呆然とした目で、ハヤテは突然そんな事を語りだした。   本当に大丈夫か、特に頭……  イズモが心底心配していると、悲鳴が聞こえてきた。  さっきの、お化け屋敷の方だ。   また誰かかジェイソンに驚いたんだな……  と、心の中でイズモが笑っていると、それは自分達のすぐ後ろに並んでいたゲンマとコテツだと思い出した。 「な、何だよアレー! 突然来るなよなぁ!!」  お化け屋敷から出てくると、コテツはお化け屋敷の方へ向かって悪態をつく。  だが、隣にいるゲンマはケロリとした顔をしている。  確か、さっきの悲鳴は一人分だけだった。  恐らくは、コテツの悲鳴だったのだろう。 「あ、いたいた〜ハ〜ヤテ〜逢いたかったぞ〜」  ベンチに腰掛けているハヤテを見付けると、ゲンマはすぐによってきてハヤテを抱き締めた。  まだ呆然としているハヤテは、ただ成すがままになっている。 「……ん? おい、大丈夫か?」  ぺちぺち、とハヤテの頬を数回優しく叩きながらゲンマはハヤテに訊ねる。  だが、ハヤテは何も答えない。 「何か、さっきのジェイソンでかなり驚いたらしくて……」 「ほほう」  イズモの説明に、ゲンマは数回頷く。 「…………ハヤテもこうなっちまったし。帰るか」 「「えっ」」 「もう充分遊んだだろ。それに……そろそろ子供は寝る時間だ」 「「子供って……」」  ゲンマの言葉に、コテツとイズモは少し呆れる。  確かに、この4人の中で最年少はハヤテではあるが。 「ほ〜ら、帰るぞ」  ベンチの上のハヤテを抱き上げると、ゲンマは颯爽と歩き出した。  慌てて、コテツとイズモはその後を追いかける。 「………何で私はゲンマさんに抱き上げられてるんですか……」 「お。気が付いたか」  「火の国ランド」の出入り口付近で、漸くハヤテは自我を取り戻した。 「…………もう、帰るんですか」 「ああ、そうだ」  そう答えながらも、ゲンマは出口のゲートを潜る。  もう、戻れない。  続いて、コテツとイズモも潜った。 「楽しかったなぁ」 「そうですね」 「お、素直だな」 「…………」 「じゃ、帰るぞ。自分の足で歩くか?」 「面倒だからこのままでいいです」 「それにしてもお前、軽いなー」 「昨日体重量ったら55キロでした」 「……3キロ痩せたな」 「ゲンマさんが入れたり出したりするからじゃないですか」 「え、あの後量ったのか? へえ、セックスで3キロ減るんだぁ」 「………ゲンマさん、声、大きいです………」  大声で下ネタを言うゲンマに、ハヤテは別に慣れた様子で、だが少し軽蔑めいた視線を自分の恋人に送る。  だが、やはりそれでもゲンマは平然としている。 「ん? ちょっと待てよ。昨夜55キロだったって事は、コーヒーカップ乗る前にヤって又3キロ減ったんじゃねぇの?  そしたらお前、52キロか……!? 紅さんより軽くなったんだな、お前」 「…………」  ゲンマの言葉に、はふう、と深々と溜め息をつくハヤテ。  やはり軽蔑めいた視線を向ける。 「ん? どうした? 自分で歩くか?」  ハヤテの溜め息に、ゲンマは別の解釈をした。 「………自分で歩きます」  ゲンマの腕から降り、地に足をつけるとハヤテはそのまま歩き出した。  その足取りは、思っていたよりずっと速い。 「お、おい……っ」  慌てて、ゲンマはハヤテと肩を並べて歩けるように足取りを早くした。  二人の後方を、少し呆れた様子で眺めながら歩いていたコテツとイズモも、慌てて足取りを速める。 「今日の夕飯は?」  赤く染まりつつある空を見上げながら、ゲンマはまるで幼い子供のような事を、隣のハヤテに訊ねる。 「カボチャの煮物とほうれん草のお浸しです」 「ほうれん草だけはナシの方向で」 「それはありません」 「そんなぁ」 「コテツくんとイズモくんも、一緒に夕飯食べて行きませんか?」  後方にいるコテツとイズモに、ハヤテはそう訊ねる。  まさか自分達に話し掛けられるとは思ってもいなかったらしく、コテツとイズモは驚いてその場に固まる。 「……えっ」「いいんですかっ」  コテツとイズモ、同時に言った台詞だったが、内容は全く違った。 「ええ。今日、付きあわせてしまったせめてものお詫びです」  一瞬、コテツとイズモは互いの顔を見合わせた。  そして、恐る恐るゲンマの方を見る。 「来るのか、来ないのか、どっちだよ」  と、コテツとイズモ二人分の視線を感じたゲンマはいつものように機嫌悪そうな表情で訊ねてくる。 「「い、行きます……っ」」  断わったら、命が無いような気がした。  ゲンマと、コテツと、イズモは木の葉独身寮に住んでいる。  ハヤテだけは、一軒家に住んでいるらしい。  「月光」という表札がかかっている一軒家の前に来て、コテツとイズモはその事に気が付いた。 「こ、此処に住んでるんすか……ハヤテさん」  その立派な一軒家を見上げて、驚愕の溜め息とともにコテツがそう訊ねてきた。  懐から取り出した鍵で玄関の扉を開けながら、そうですよ、とハヤテは答える。 「ゲンマさんと……同棲してるんすか」  ハヤテが開けた扉を潜りながら、再びコテツは訊ねる。  失礼だとは思いながらも、中をきょろきょろと見回してしまう。 「別にしてませんよ」  エプロンを着ながら、ハヤテはコテツの問いに平然と答える。  その答えは、ゲンマを落ち込ませたらしい。 「俺達、同棲してるんじゃないのか!?」 「えっ。そうだったんですか」  ゲンマの言葉に、ハヤテの方が驚いたぐらいだった。 「そうだったんですかって……」 「同棲ってした事無いのでよくわからないんですね。そうですか、これが同棲って言うんですね」 「…………」 「あっ、カボチャがありません」  冷蔵庫の野菜室を開けて中を見ながら、ハヤテがそう嘆いた。 「何っ」 「……そういえば今朝の煮物で全部使い切ってしまってたんですね……」 「何っ」 「ゲンマさんががっついて全部食べてしまいましたから」 「……それじゃ俺、意地汚い奴みたいじゃねぇか……」 「意地汚いと思ってますけど。早く畑から取って来て下さい。大きなカボチャ一つ」 「ハイハイ」  ハヤテに言われ、ゲンマは再び玄関へと向かい、出て行った。  その後ろ姿が見えなくなってから、イズモはハヤテに訊ねてみた。 「あの……畑って?」 「ゲンマさんの畑です。今のところ、カボチャしか植えてませんけど」 「か、カボチャ畑っすか……」 「ええ。ゲンマさんに内緒でほうれん草を植えたら抜かれまして」 「………」 「あの人実はね、ほうれん草の他にピーマンも駄目なんですよ」 「はあ……」 「情け無いですよねぇ、もうすぐ三十路なのに」 「はあ……」 「……えっと、確かコテツくんはにがうり、イズモくんはレバニラ炒めでしたっけ?」 「「…………えっ?」」 「“嫌いな食べ物”」  きょとんとした顔をしたコテツとイズモの二人に、ハヤテはこれでもかという程にっこりした笑顔を向ける。 「「え、ま、まさか……」」 「今日はカボチャの煮物の他に、ほうれん草のお浸しと、ゴーヤーチャンプルーと、レバニラ炒めにしましょう♪」 「「ひぃ……っっ」」 「今帰ったぞ〜」  と、その時大きなカボチャを抱えたゲンマが帰って来た。 「どうだ。一番でかい奴だぞ」 「ホントだ。大きいですねぇ」 「これは絶対美味いぞ」 「そうでしょうねぇ」 「……おい、何ほうれん草茹でてんだよ」  採れたてのカボチャをハヤテに渡しながら、ゲンマは台所のガスコンロにかけられている鍋の中を見て、一言呟いた。 「今日のおかずはカボチャの煮物とほうれん草のお浸しとゴーヤーチャンプルーとレバニラ炒めです」 「嘘ォ」 「ホントです」  世界の終わりを見たかのようなゲンマの表情に、ハヤテはにっこりと笑顔を向ける。 「嘘だろー」 「………あの、ゲンマさん」  へなへなと膝をついているゲンマに、コテツが小さく声をかける。 「ん」 「ハヤテさんの苦手なものって、何すか」 「無い」 「……へっ?」 「あいつ、嫌いな食べ物何もねぇんだよ」 「……嘘。秋道一族じゃあるまいし」 「ホントだって。こんな嘘ついてどうするよ。あいつホントに何でも食うんだよ。それに何食っても腹壊さねぇし」 「「…………」」  信じられない事を聞いたように、コテツとイズモは互いに顔を見合わせた。  そしてその後、同時にちらりとハヤテを見てみた。  ハヤテは、エプロンをつけて台所で料理している。  鼻歌を歌いながら。 「………可愛いなぁ…………」  そんな嫁の後ろ姿を、これから自分の苦手なものが出てくる事も忘れ、鼻の下を伸ばして見詰めている輩、一人。  そしてそんな輩を、溜め息混じりに見る後輩二人。  数十分後。 「できましたっ」  と、エプロンをつけたままハヤテは出来上がった自慢の手料理をどんどんテーブルに運んでくる。  椅子に座りながら、その並んだメニューを見て、落胆の色を隠せない三人。  それでも、食べなかったら恐ろしい事になる、と言うゲンマの言葉に食べないわけにも行かなくなるコテツとイズモ。 「「「いただきます」」」 「ハイ、召し上がれ」  忍猫兼飼い猫の紫苑の食事を用意しながら、ハヤテは上機嫌で答える。  漸くハヤテが食卓に付いたのは、三人が一口、口にしてからだった。 「美味しいですか?」  とりあえず、三人は無難なカボチャの煮物から手を伸ばしていた。 「「「美味しいです」」」 「そうですか、良かった」  三人の言葉に、ハヤテは嬉しそうににっこりと微笑む。 「では、ゲンマさんはほうれん草のお浸しを、コテツくんはゴーヤーチャンプルーを、イズモくんはレバニラ炒めをどうぞ」 「「「………」」」  ハヤテの言葉に、冷や汗をたらたらと流しながら三人は互いに目配せをし合った。  やはり、此処も食べないわけには行かない。 「「「いただきますっ」」」  あの後も「美味しいですか?」と言うハヤテの言葉に「美味しいです」と答えてしまってからが大変だった。  「それでは沢山食べて下さいね」とどっさりと用意してあったのだ。  やはり、食べないわけには行かない。  そんなワケで、三人は嫌いなものをどっさりと食べさせられて、余計嫌いになっていた。  二日酔いより性質の悪いおぞ気のような「何か」に襲われながらも、コテツとイズモは任務を行っていた。  書類調査の為、資料室に行った時だった。 「あ、コテツくん、イズモくん」  と、そんな聞き覚えのある声がした。  振り向かなくてもわかる。  いや、何となく本能が振り返るのを拒否していた。  だが、振り返らないわけには行かない。  二人がいっせーの、と合図をしながら振り返ると、やはり其処にはハヤテがいた。  あの、にっこりとした笑顔を浮かべている。  その手には、何かチケットのようなものが4枚、握られていた。 「「こ……っこんにちは〜……」」 「まだ『おはようございます』の時間ですよ?」 「「そ、そうですね〜……おはようございます〜……」 「おはようございます。あのですね、お二人に相談したい事が」  にこにことした笑顔を浮かべながら、ハヤテは手にしている4枚のチケットを二人に見せた。  それには、「風の国ランド」と印刷されていた。 「……何すか、これ」「風の国ランド?」 「その名の通り、風の国にある施設です」 「ま、また……遊園地ですか……っ!?」 「まさか。資金不足の風の国がそんな娯楽施設作れるワケ無いじゃないですか」  にっこりと笑いながらも、こんなところは毒つく。 「じゃあ……?」 「健康ランドです」 「「けっ、健康ランド!?」」  遊園地のような娯楽施設作る資金は無いのに、健康ランドのような娯楽施設を作る資金はあるんかい。  ……などという、ツッコミは今の二人にはできなかった。 「ハイ。温泉とかあるらしいですよ」 「「温泉……」」 「一緒に行きましょう♪」 「「ええ〜!?」」  二人の困難は、まだまだ続くようだった。 〜終〜