+++ バレンタイン・チョコ +++
外出から帰ったハヤテが、扉を開けると、異様な匂いが部屋を充満していた。
何やら、ほろ苦い匂いが。
カンクロウと我愛羅は、真っ青な顔をしてソファに腰掛けている。
時々心配そうに、台所の方を向いている。
「只今……帰りました」
カンクロウと我愛羅に、ハヤテは声をかけた。
すると、驚いたように二人とも顔を上げる。
「あ、お帰り」
「……どうか、したんですか?」
「テマリが……台所を占領してる……」
カンクロウの言葉に、ハヤテが台所を見てみると、確かにテマリの背中が見える。
エプロンをつけて何やら格闘しているようだった。
何を作っているのかは、不明だ。
「何を作ってるんですか?」
そんな必死な様子のテマリの背中に、ハヤテはいつもと同じ口調で声をかけた。
すると、凄まじい形相でテマリが振り返って来た。
身に付けているエプロンも、顔にも何やら泥のような黒いモノが付着している。
「……べっ、別に先生の為に作ってるワケじゃ……っ」
ハヤテの顔を見た途端、テマリはボンッと顔を真っ赤にし、突如訊ねてもいない言い訳をし始める。
「バッキーの為に作ってるんですか」
「ち、ちが……っ」
ハヤテの言葉に、「しまった」という顔をし、ますます顔を真っ赤にするテマリ。
「だって、今そう言ったじゃないですか」
「……う……っ」
「何を作ってるんですか?」
「……バレンタインの、チョコレートケーキ……先生、甘い物苦手だから……砂糖控えめに………」
言い訳のように呟きながら、テマリは手にしているボウルの中の黒い泥のようなものを泡だて器でかき混ぜる。
「一回、作ってみたけど……失敗して……」
と、テマリはガスコンロの上に置いてある皿を差し出して見せた。
その皿の上には、大きくて黒い墨のような塊が、盛られている。
お世辞にも、「チョコレートケーキ」には見えない。
「……焼く時間を間違えたんじゃないですか?」
「ちゃんと、レシピ通りに作ってるんだよ!」
テマリはそう言いながら、真新しい本のページを開いてハヤテに見せた。
それは、お菓子作りのレシピ本だった。
どうやら、バレンタインの為に買ったらしい。
「あらら……」
「どうすればいいんだよ? ハヤテさん、料理とかお菓子とか作ると得意だろ。教えてよ!」
「うーん……」
料理が上手な人はレシピなど見なくても簡単に料理できるが、とことん下手な人はレシピを見ようがどうしようがうまく出来ないものらしい。
「まあ、私で良ければお手伝いしますけど。まず、材料を見直して見ましょうか」
「うん。小麦粉だろ、玉子、牛乳……」
ハヤテの言葉に、テマリは小麦粉の入った袋、玉子、牛乳……と、チョコレートケーキの材料を指差していく。
だがその途中で、ハヤテはある矛盾点に気付いた。
ハヤテがその事を言う前に、テマリは小麦粉の入った袋を傾け、空のボウルに入れようとする。
「…………テマリさん、それはセメントです」
すかさず、ハヤテはテマリにそうツッコミの言葉を入れる。
すると、テマリは途端に動きを止めた。
「……え?」
「えっと……すみません、普通にツッコミを入れてしまいましたが……それは……ボケ、ですよね?」
「セメント? え? これ、小麦粉じゃないのか? なら何で台所にあるんだよー!」
八つ当たりか、テマリは手に持っている、小麦粉の入った袋とばかり思っていたセメントの袋を放り投げようとする。
慌てて、ハヤテはそんなテマリの手を掴んで止める。
「普通、間違えないと思うんですけど……」
「これじゃどうやったってケーキ作れるわきゃねぇじゃん!」
「落ち着いて下さい。小麦粉はコレです」
新たに、ハヤテは正しい小麦粉の袋をテマリに渡した。
そして、テマリが持っていたセメントの袋を受け取る。
「小麦粉250グラム……」
ドサドサッ、とテマリは小麦粉の袋を傾け、ボウルに入れる。
「テマリさん……ちゃんと量って下さい」
「え〜、面倒臭い……」
「それなら、ちゃんとしたケーキ作れませんよ? バッキーも喜ばないでしょうね」
「う……わかったよ、計るよ!」
ハヤテの言葉に、少々赤くなりながらもテマリは渋々ながら料理用の秤を出し、小麦粉を量り始めた。
そして、250グラムきっかりの小麦粉をボウルに入れる。
玉子を割り入れ、牛乳も軽量カップで量り、入れる。
「次、ベーキングパウダーだな」
レシピ集を見詰めながら、テマリは頷く。
そして、ペーキングパウダーの入った袋の中に小さじスプーンを入れる。
「テマリさん、それは片栗粉です」
「え……っ。また間違えた……」
「間違えないで下さい」
「次、バニラエッセンス……コレか」
調味料棚から一本の小瓶を持ち上げ、ボウルの中に入れようとする。
「テマリさん、それはラー油です」
「う……っ」
「普通、間違えないと思うんですけど……ボケですか? それはボケですか?」
「うっ、五月蝿いっ」
「すみません、適切なツッコミができなくて」
「次っ、ココアパウダー!」
さすがにこれは間違えずに、入れられた。
泡だて器でかき混ぜ、ケーキ型に流しいれる。
そして、オーブンに入れた。
「あとは焼き上がりを待つだけですね」
ハヤテの言葉に答えもせず、テマリは不安げな表情で、スイッチを入れたばかりのオーブンの中を覗き込んでいる。
すっかり「恋する乙女」と化している。
年相応の少女の表情だ。
「……ああ、そういえばもうすぐバレンタインなんですね」
カレンダーを見て、今気付いたようにハヤテはぽつりと呟いた。
「ハヤテさんは作っちゃ駄目!」
ハヤテの呟きに、テマリは慌てたように怒鳴った。
その顔は、赤くなっている。
「何故、ですか?」
テマリの反応に、ハヤテはきょとんとした表情で訊ねる。
すると、テマリは今度はまるで照れたような真っ赤になった。
「だって……ハヤテさんが作ったのと、私が作ったの、並べたらどう考えたって私の方が見劣るじゃん……」
「そんな事……無い……と、思います、けど……」
ちら、ちら、とハヤテは傍に置かれている、セメントで作られた「チョコレートケーキ(テマリ製)」を見た。
そんなハヤテの視線の先に気付いたテマリは、少し不服そうに。
「あるんだよ!! その二つが並んでたら絶対、先生、ハヤテさんが作った方を選ぶに決まってんじゃん!」
「……まぁ、そうかも知れませんね。アレでしたら」
と、ハヤテはセメントで作られた「チョコレートケーキ(テマリ製)」を指差しながら、ズバッと言う。
「でも、今作ってるのは結構といい感じに作れてると思いますけど」
「…………だと…………いいけど…………」
ごもごもと言い淀みながら、テマリは俯く。
それから数時間後。
いい感じに焼き上がったケーキが、いい感じに冷めて食べ頃になった頃だった。
任務へ行っていた、バッキーが帰って来た。
「……お帰り!」
一番初めに出迎えたのは、テマリだ。
「……それは、何だ?」
と、テーブルの上のテマリ特製のチョコレートケーキを指差した。
洋菓子店で売られていても可笑しくは無い……と言ったら褒め過ぎだが、誰がどう見ても普通の「チョコレートケーキ」と見えるものが、其処にはあった。
「チョコレートケーキ! 私が作ったんだよ」
「……てっ、テマリが作ったのか!?」
テマリの言葉に、あからさまに驚いた反応をする。
その反応に、少しばかりテマリはムッとした。
「そうだよ。ハヤテさんに教わりながら……」
「お前が素直に人から物事を教わろうとしたとは……」
「何だよソレ! 折角人が先生の為に作ってあげたのに」
「俺に?」
「そうだよ。先生、甘い物苦手だろ。砂糖少なめにしておいたから」
「……いや、俺はまだ里復興の為にしなきゃならん事が山のようにあってな……死ぬわけにはいかないんだ。いや、死ななくても長期入院は御免だ…………」
顔を真っ青にしてそう言うバキの後頭部に、ハヤテの鉄拳が入った。
「アンタの為に作ってくれた可愛い部下に何て事言うんですか」
「う……」
「どうせバレンタインチョコ、一つも貰えなかったんでしょう?」
「う……っ」
「フ……ッ。やっぱりね」
「五月蝿い!」
「ハイ」
ハヤテとバキが言い合っている間に、テマリは手作りのチョコレートケーキを一人分切り分け小皿にのせ、バキの前に差し出した。
見た目は、やはり普通のチョコレートケーキだ。
「……ホラ。見た目は別に怪しいところは無いでしょう? 食べてあげなさい」
と、ハヤテはフォークを渡してやる。
「…………本当に、テマリが作ったのか?」
「往生際が悪いですよ? アンタも男でしょう。食べなさい。そして責任をとりなさい」
「責任……?」
「アンタは、五影の娘から、愛の告白を受けたんですよ?」
「あ……っ、愛!?」
「ハヤテさん!! 余計な事言わないでよ!! 先生も早く食え!!」
照れ隠しか、テマリは真っ赤な顔のまま、怒鳴った。
「う……。く、食えばいいんだろっ、食えばッ!」
「そうそう♪」
「骨は拾ってあげますからね」
バキの言葉に、テマリもハヤテもにっこりと笑って数回頷いた。
ちらりと、我愛羅とカンクロウを見てみた。
彼等は、心配しているのか、ほくそ笑んでいるのかわからない表情をして、此方を見ている。
だが、何か観察している目をしているように感じられた。
意を決して、テマリ特製のチョコレートケーキにフォークを入れた。
そして、一口頬張る。
「……ん?」
「ど、ど……どうなんだよ!?」
今にも胸倉を掴んで揺さぶりそうなテマリ。
「これ……本当ーに、テマリが作ったのか?」
「そう、だよ……。何だよ、不味いのか!?」
「いや……美味い。あの料理が下手糞のテマリが、こんな普通のケーキが作れるようになったとはな……。風影様に報告する事が、一つ増えたな……」
「……いいよ別に。あんな奴にそんな事報告しなくたって。……先生も食った事だし、ハヤテさんも我愛羅もカンクロウも、食っていいよ」
「お、俺は別にいいじゃん……」
「私はそのお気持ちだけでお腹いっぱいです」
「……食欲、無い……」
テマリの言葉に、やはりまだ不安なのか三人はそう言って断る。
「え〜。遠慮するなよ」
弟二人と、ハヤテの言葉にテマリは少しだけ不満そうな顔をする。
「いえ、それはテマリさんが丹精込めて作った、愛の篭ったケーキですからね。バッキー一人に食べて貰いなさい」
「……それもそうだなっ。先生、全〜部食っていいからな」
「う……」
〜終〜