「此処での立場…悪いんですか…?」  ハヤテが、心底心配そうに尋ねてくる。 「ホラ、此処女の比率が高いからさ〜。しかも気の強い女ばかりで俺肩身が狭いわけ」 「何言ってるんですか!」 「いつも私達を顎でコキつかってるくせに!」 「しかもいっつも命令口調で!」  不知火医師が肩をすくめながら言うと、看護婦達がこれでもかと次々と言い詰めてくる。 「……な?」  言い詰めてきた看護婦達を指差しながら、不知火医師はおかしそうに言う。 「こういう女には気を付けろよ」 「僕はゲンマさんしか好きにならないから大丈夫です」  ・・・・・・  一瞬、その場がシーンと静まり返った。 「ちょ、ちょっとソレ!どういう事ですか!?」 「先生、患者さんを摘み食いしちゃったんですか!」 「きゃー最低!」 「ハレンチ医師!」 「セクハラ医師!」  次の瞬間、まるで女子高生の如く騒ぐ看護婦一同。  反対に不知火医師は一人呆気に取られ、きょとんとしていた。 「だから…何でそういう事言うのかなー…」  それから、少し困ったように頭をポリポリ掻く。だが、もうすっかり諦めてもいるようだった。 「先生!私達にもわかるように説明して下さい!」  看護婦達がざわめく。これが一番不知火医師には応えた。 「わかったわかった。わかったから少し静かにしてくれ!」 「早く!」 「何から説明しろってんだよ!」 「まずは先生と疾風さんの関係ですよ!」 「関係って…主治医と患者。それ以上でもそれ以下でもない」 「…でも…疾風さんは…先生の家に…行っちゃって…るん…ですか…?」 「ああ。来てるな」 「な!な!な!な…っ」 「別に男同士なんだから問題ねぇだろ」 「でも疾風さん綺麗だし可愛いし!先生美人には男でも女でも手出すでしょ!」 「俺はどんだけあばずれだ!」 「前も美人の彼女が来てたじゃないですか!」 「はあ!?」 「ホラ、この間!」 「……記憶捏造するなよ。俺此処最近彼女できた覚え、ないんだけど」 「ああ、性格悪いから」 「誰がじゃ!」 「先生に決まってるでしょ!」 「お前なぁ…」 「その“美人の彼女”っての、もしかして疾風さんのお姉さんじゃないんですか?」  と、此処で一人の看護婦が助け舟。 「え。あのすっごい美人が疾風さんのお姉さん!?」 「あら…あなたあの時いなかったんだっけ」 「へえ〜…あんな美人なお姉さんいたんですね〜」  と、その看護婦はハヤテに声をかける。  だが、その言葉に気付いているのか否か、ハヤテはじっと不知火医師を見つめている。 「ホラ、先生。見つめられてますよっ」  一人の看護婦がそんな事を不知火医師に言う。だが、そんな言葉を不知火医師はあからさまに無視する。 「お姉さんか時雨さん、迎えに来るって?」  ぶっきらぼうに前髪をかき上げながら不知火医師はハヤテにそう訪ねる。 「…帰って欲しいんですか」  不知火医師の言葉に、ハヤテはムッとして答える。 「いや…別に…お前がいたきゃいればいいし、帰りたきゃ帰ればいいし」 「ゲンマさんは、どっちなんですか」 「…どっちって?」 「ゲンマさんが帰れと言うなら帰ります。いろと言うならいます」 「…好きにしろ、としか俺は言えねえなぁ〜…」  不知火医師は、困ったように頭を掻く。 「じゃあ、好きにします」  意を決したような表情で、ハヤテはキッと不知火医師を睨む。そして、そのままくるっと方向転換してナースステーションから出ていった。 「……」 「……」 「…あれ?」 「帰っちゃいましたね…」 「…マジで?」 「うん」 「……」 「先生、フラれた〜」 「フラれた〜」  看護婦達はそう言って不知火医師をからかう。 「何がフラれたー、だよ。あいつが好きなようにしただけだろ」  不知火医師は淡々と、看護婦達にそう言う。 「先生、冷たーい」 「そんなんだからフラれたんですよぉ」 「彼女いない歴何年ですかー」 「うるせえ!」  看護婦達のからかいの言葉に、つい不知火医師は声を荒げる。  その窓ガラスをも震わせんばかりの怒声に、途端にナースステーションは静寂に包まれた。 「先生、怒ってるわね」 「フラれたのが案外ショックなのかも?」 「あんな事で怒るからフラれるのよねぇ〜」 「器の小さい男ねぇ」 看護婦達はそんな事をコソコソヒソヒソと話している。 「…聞こえてるぞ。仕事しろ」 「先生、未練とかないんですか?」  一人の看護婦が、そんな事を訪ねてくる。  まっすぐな、真剣な目だ。 「……はあ?」 「疾風さん、行っちゃったんですよ!? 俺の元へ帰って来い、とかって思わないんですか!?」 「……アンタらさ、俺とあいつがどういう関係だと思ってるワケ?」 「「「「「恋人」」」」」  その場にいる看護婦達は、声を揃えてそう言う。  楽しそうに。 「……男同士だぞ」 「でも疾風さん綺麗だし可愛いし!」 「………それは認める」 「認めちゃったわこの人!」 「俺はただ“LUNATIC”のいちファンなだけだ」 「そのファンという気持ちが恋心に変わるという事も有り得ますよ!」 「有り得ないな」 「絶対有り得ます! 私予言します! 先生は、疾風さんを愛するようになります!」 占い好きの一人の看護婦が仁王立ちになり、そうきっぱりと言い切った。 「ふざけんな」 「私は真面目に言ってます!」 「……あーハイハイ。わかったわかった。それよか仕事しろ」  これ以上この話題を続けたくないと、不知火医師は仕事に没頭するふりをする。  机の上にある自分宛ての書類を持ち上げると、そのままナースステーションを出ていった。  ナースステーション隣のドクターオフィスに立て篭る。  殆んどの医師は病院隣の独身寮に寝泊まりしているので、緊急時には呼ぶが、今日の夜勤の医師は自分だけで他には誰もいない。  つまり、今夜のドクターオフィスは貸し切り状態だ。  自分の机に向かい、書類に目を通した。  全く気にしていない、と言えば嘘になる。  だが、気にしたところで何になるのだろう。    フラれた?  愛を告白したつもりも、告白されたつもりも、全く無い。  付き合っていたわけでも無い。  ただ、「行く場所が無いなら俺のところに来ていいぞ」と言っただけだ。  ファンだった。  いや。  今現在でも、ファである。  だが、それだけだ。  普通に曲が好きで歌声が好きで……それだけだ。  勿論、自分の中では「好きな芸能人」という感覚だ。  それ以上でも、それ以下でもない。  ドクターオフィスに立て篭もって、どれぐらい経ったのだろうか。  気が付いたら、机に突っ伏して寝ていた。  先生、先生、という声の主に揺さ振られて目が覚めた。 「ああ〜……俺寝てたのか……」 「寝惚けてないで、来て下さい。お客様です」 「…………客ぅ? こんな時間にかぁ?」  机の上の小さな時計を見る。  その時計は、しっかりと九時過ぎを指していた。 「その人があまりもの慌てぶりに守衛さんが電話してきて……」 「誰だよ」 「先生の美人な彼女さんです」 「……だーかーらー、」 「冗談です。疾風さんのお姉さんですよ」 「…………あ、あの人が?」  すぐに立ち上がり、白衣を靡かせながら走り出した。 「ナースステーションにいます!」  背中から聞こえてくる看護婦の声の通り、ナースステーションに向う。  ドクターオフィスとナースステーションはそれほど離れていない。  走れば、ものの数秒で着く。  到着すると、ナースステーションに、看護婦に囲まれて蹲っている女性がいた。 「あ、先生来ましたよ!」  一人の看護婦が、その女性に声をかける。  すると、その女性は顔を上げる。  真っ赤に泣き腫らした目をしているその人は……  やはり、月光アリサだった。  彼女の傍らには、婚約者・時雨もいる。 「先生……ッ」  不知火医師の顔を見たアリサは座っている椅子から立ち上がり、襲い掛かるように不知火医師の白衣の襟を掴んできた。 「ハヤテを……ッ、私の弟を何処にやったんですか……ッッ」 「え……ちょ、ちょ……」 「アリサ、落ち着け」  すっかり落ち着きをなくしているアリサを、後ろから肩を抱き寄せるようにゆっくりと止める時雨。  時雨の声で、少しだけ、ほんの少しだけ落ち着きを取り戻した様子のアリサ。  だが、アリサは不知火医師を睨んでいる。 「な、落ち着けって。座って」  抱き寄せながら、椅子に再び座らせる。 「帰って……無いんですか」  つい先程のあの反応から、ハヤテは自宅に帰ったとばかり思っていた不知火医師は、アリサのその態度に驚きを隠せなかった。 「帰って来てません!」 「え、で、でも、さっき帰った筈……」 「嘘言わないで!!」 「アリサ、落ち着け。俺が話するから」  今にも不知火医師に襲い掛かりそうなアリサを、時雨があまり慌てずに止める。 「ハヤテは、此処に来たんですよね?」 「ええ、まあ」 「それで……今は何処に?」 「それが………」  隠すのも何かと思い、今までに起きた事を全て、正直に洗い浚い話した。  時雨に肩を抱き寄せられ、薄いピンク色のハンカチで目頭を押さえながら、アリサも聞いている。 「帰った……?」 「ええ、入れ違いだったみたいですね」 「…………」  不知火医師の話を聞いて、婚約者二人は少し困ったように見詰め合った。 「まさか、あの子……」  最悪の事態を想像してか、アリサはさあっと顔色を真っ青にした。  そのまま倒れてしまいそうなぐらい、真っ青に。 「アリサ、しっかりしろッ」  慌てて、時雨は今にも倒れそうなアリサを抱き寄せている腕の力を強くした。  アリサは、そんな婚約者の腕をしっかりと掴んだ。 「アリサ……帰ろうか? ハヤテも帰ったみたいだし……な?」 「そうそう。家で弟さん、待ってますよ」  不知火医師も、無理に笑顔を作ってそう言った。  深呼吸を一つすると、アリサは時雨に抱き抱えられながら立ち上がった。 「すみません。ご迷惑、おかけして……」  時雨が、ぺこりと頭を下げる。  それにならって、アリサもぺこりと頭を下げた。  そして二人は、肩を並べてナースステーションを出て行った。 「先生、残念でしたね」  二人が帰って暫くすると、一人の看護婦がそんな事を言って揶揄する。 「はあ?」 「あのお姉さん、彼氏持ちでしたね。しかもあの時雨さんと!」 「……ああ、ハイハイ」  メンドくせぇ、とボソッと呟きながら不知火医師は再びドクターオフィスへと向かった。  ドクターオフィスの自分の机に向いながら、今日一日にあった出来事を脳内で反芻していた。  大変な一日だった。  しかし、自宅へ帰ったとばかり思っていた疾風が帰ってないとすると……  今は何処へいるんだろう?  捜索願でも出した方がいいんじゃ……  むんむんとそんな事を考えながらの夜勤を終え、朝焼けを背に自宅のある独身寮へと帰った。  ジーンズのポケットから鍵を取り出し、扉を開ける。  部屋の中は、朝日が差し込んできて明るい。  上着を脱ぎ、リビングのソファに放り投げると、シャワーを浴びに浴室へと入った。  シャワーで濡れた髪をタオルで拭いながら、寝ようと寝室へと入った。  其処では、信じられない光景が広がっていた。  ベッドの上で、つい先程あれほど大騒ぎを起こした疾風本人が、すやすやと気持ち良さそうに寝ているのだ。  一瞬、呆気に取られた。  起こそうとも思ったが、こんなにも気持ち良さそうに寝られていては、とても起こす気にはなれなかった。  そのまま踵を返し部屋を出て、リビングのソファに寝転がった。  明日目を覚ましたら一番に何を言ってやろうかと考えながら目を閉じると、そのまま眠りに付いた。  相当疲れていたらしい。  気が付いたら、すでに昼間だった。  窓から強めに光が差し込んできているので、薄目になっていても瞼越しにそれがわかる。  すっかり寝ていたようだ。  眩しさに慣れる為、目をゆっくりと開いていった。  すると、不意に目の前が暗くなった。  影が落ちたように。  目の前には、不知火医師の顔を覗き込んでいるように、疾風の顔があった。 「あ。起きた」 「…………」 「おはようございます」  あの、機嫌がいいのか悪いのかわからない、限りなく無表情に近い表情で、疾風はそう呟くように言いながら、ぺこりと頭を下げる。 「パン、焼きますか?」  食パンをトースターに入れながら訪ねてくる。 「あ、ああ……」  不知火医師の返事を聞くと、無言でもう一枚食パンをトースターに入れた。  リビングのテーブルの上には、コップが二つと、牛乳が置かれてあった。  帰宅した時には無かった筈だ。 「……顔、洗ってきたらどうですか」 「ん、あ、ああ……」  言われた通り洗面所で顔を洗いに行く。  寝る時には、「目を覚ましたら何を言ってやろうか」とむんむんと考えていたにも関わらず、何故こうも何も言えなくなってしまうのか。  テーブルにつくと、パンが焼きあがっていた。  疾風は、パンと牛乳を交互に口をつけていた。 「…………お前さぁ」 「苺ジャムしか無いんですね、この家」 「え? あ、ああ、そうだけど。俺あんまパン食わねぇし」 「ガーリックトーストが食べたかった…」  やはり、あの表情。  何考えているのか、わからない。  何て言えばいいのか。  朝食後、皿とコップを食器洗い乾燥機へと入れる。  中から聞こえる機械音と水の音を聞きながら、ソファに腰掛けて新聞を読んでいる疾風に近付いた。  近付いてくる不知火医師に、疾風は新聞から顔を上げずにぽつりと呟いた。 「内閣支持率、下がってますね」 「そんな事よりさぁ、俺に言うべき事、あるんじゃねぇのか?」  仁王立ちになり、自分なりに迫力を出していったつもりだった。  だが、疾風はそんな事には気付いていないようで、きょとんと首を傾げる。 「……?」 「あ・る・だ・ろ」 「……ああ、大丈夫です。今日もゲンマさん、カッコイイですよ」 「………そう」 「ハイ!」  逆に呆気に取られ、拍子抜けしていると、見た事無いぐらいの満面の笑顔で答えられた。  そしてまた、あの表情で新聞に目を向ける。 「家に、帰ったんじゃなかったのか」 「帰るなんて一言も言ってないじゃないですか」  即答。 「……好きにするって……」 「だから、『好きにした』んです」 「…………そういうコト…………」 「ハイ、『そういうコト』です」 「じゃ、お姉さんに連絡するぞ」  どういう反応を示すのか興味本位で、そう言いながら携帯電話を取り出す。  だが、疾風は無表情でこちらに顔を向けただけで、他の反応は全くと言っていい程示さない。 「姉さんの携帯番号、知ってるんですか」 「ああ。何かわかったら連絡するって、時雨さんとは交換したから」 「……ふうん。してもいいですけどしたらゲンマさんに攫われたと言い張りますからね」 「それ、もう通用しないと思うぜ?」 「…………」  すると、視線が鋭くなってきた。  睨んでいる。  怒っている。 「一部始終、俺が知っている事は全部時雨さんとお姉さんに言っておいたからさ」 「でも、看護婦さん達はゲンマさんの言う事より僕の言う事を信用してくれるんですよね」 「う……」  それをすっかり忘れていた。  だが、あの看護婦達に何か言われるのはとっくに慣れているし、  いざとなれば時雨達に頼んで事実を話してくれれば信じてくれるだろう。  とりあえず、手に持っている携帯電話を、テーブルの上に置いた。  すると、疾風はしてやったり顔でニヤリと笑った。 「それじゃあ、好きなだけ此処にいていいんですね」 「バンドメンバーとの顔合わせぐらいはしろよ。もう仕事できるだろ」 「えー」  すると、途端にいやそうな顔をする。  まるで、宿題を言い渡された子供のようだ。 「再活動しないかなー、LUNATIC」  疾風から目を逸らしながら、不知火医師は宙を見詰めながらボソッと呟いた。  それに、疾風がぴくっと反応した(ように見えた)。  その事に気付くと、不知火医師はほくそ笑みながら、続ける。 「疾風のあの歌声聞きたいなー」 「…………」 「やっぱLUNATICは疾風のボーカルがあってこそだと思うんだけどなー」  ちらちらと疾風を見ながら、不知火医師は言葉を続けている。  すると突然、疾風は自分のボストンバッグの中からMDケースとMDプレイヤーと、クリアファイルを取り出した。  そして、MDをプレイヤーに入れてイヤホンを耳に当てながらクリアファイルの中から数枚の白い紙を取り出す。  何だ何だと不知火医師は黙ってそれを見守っていた。  不知火医師の視線を無視しながら、疾風はその紙に何やらさらさらとペンで書き込んでいる。  暫くその様子を黙って見守っていたが、ちょっと気になってその紙を覗いてみようとすると、  疾風はペンを動かす手を止め、その紙を再びクリアファイルに入れる。  MDも止め、全てボストンバッグへとしまう。  そして、携帯電話を取り出すと、何やら素早くメールを打つと送信した。  送信し終わったのか、その携帯電話をテーブルの上へと置いた。  シルバー系の薄型の機種でストラップは一つも付いていない。  WINの文字が見えるのでauらしい。  俺はドコモなんだよな〜と思いながら不知火医師がその携帯を見ていると、突然その携帯が震え出した。  メールを受信したようだ。  すぐに疾風は携帯電話を開き、到着したメールを確認する。  そして、立ち上がった。 「じゃあ、行って来ます」 「何処にだよ!」  あまりにも突然の発言に、呆気に取られながらもツッコミは入れる。 「……時雨と、重陽と、浅茅に会いに」  疾風の口からLUNATICの他のメンバーの名前が出てきた事に、不知火医師は驚きを隠せなかった。  暫く口を開けて呆然としていたが、持ち前の冷静さですぐさま出来事を整理すると、笑みが零れてきた。 「そっか! メンバーと会うのか!」 「新曲……出しますから」 「おう! 楽しみにしてるぞ!」  右手を振りながら、出掛けようとするハヤテを見送った。  実際に自分が体験した事があるわけではなく、ただネットや雑誌などで見かけただけの情報だが、歌手が新曲を作ったりレコーディングを行うのはかなりの時間がかかるらしい。  数時間程度ではなく、数日……いや、数週間、数ヶ月かかるところもあるだろう。  だから、暫くは帰って来ないのだろうと、勝手に思っていた。  寂しく無いと言えば、それは嘘になる。  だが、大好きなあの歌声が聞けるのかと思うと、楽しみで仕方なかった。  だから、疾風が三日で帰って来た時には、投げ出してきたのかそれとも忘れ物を取りに来たのかと思った。 「……只今、帰りました」 「あ、ああ……お帰り………」 「…………」 「早かったんだな……」 「…………」  不知火医師の言葉に耳も貸さずに、疾風はそのまま風呂場へと入っていった。  暫くすると、シャワーの音が聞こえてきた。  ふと、不知火医師はその辺に放り投げるように放置された、疾風の荷物へ視線を移した。  出掛けて行った時と同じバッグ。  荷物が増えているわけでも、減っているわけでも無さそうだ。  ファスナーが開いていて、中がその気になれば見れる。  だが、勿論プライバシーの侵害だろうと思い覗き込むような真似はしない。  タオルで髪を拭きながら風呂場から出てきた疾風は、そのバッグの中から一枚のMDを取り出し、それを不知火医師の方へ放り投げた。 「危ねぇな!」 「…………」 「……ん? もしかして……これ……」 「新曲です。まだ完全未発表作品です」 「うわ、すげえ! 聴いていいのか!?」 「ウォークマンで聴いて下さいね」 「何で。コンポでガンガンかけようぜ」 「……恥かしいです……」  少しそっぽを向き、顔を赤らめる。 <<<続く