+++ 憧憬 +++ 「俺は……やめる! 受けない!」  中忍試験、第一の試験。  試験官の威圧感ある言葉に、次々と棄権して行く受験者達。  その中に、彼はいた。  一人の、木の葉の下忍の青年が、片手を挙げながら辛そうな顔をして立ち上がった。 「源内、イナホ、すまない……っ」  その声で、彼―コムギ―とチームメイトの二人の下忍―源内とイナホ―は立ち上がり、その教室から出て行った。 「……すまん」  教室を出ると、まずコムギは二人のチームメイトに深々と頭を下げながら謝罪した。  そんなコムギを見て、源内とイナホは互いに顔を見合わせる。  この三人の中ではリーダー格で、いつもしっかりしていて生真面目な性格をしているコムギが、言い出した事だ。  二人は、仕方がないと思っている。 「頭、上げなよ。コムギ」  イナホは、いつもと変わらぬ明るい笑顔を、コムギに向ける。 「そうだぜ。謝る事ねぇって。コムギがあの時手を挙げなかったら俺が手を挙げてたかも知れないし」 「そうだね、源内なら有り得るかも〜」  源内の言葉に、イナホはくすりと笑う。  何だと、と源内は少し怒ったような声を出す。  だが、その顔は全く怒っていない。  こんなやりとりは、この班では日常茶飯事なのだ。 「………すまん」 「もういいって。過ぎた事でしょ。いつまでも悔やまない悔やまない。男らしくないよっ」 「そうだって。まだ来年があるだろ」  まだしょげているコムギを、源内とイナホが慰める。  源内とイナホは、本当に怒っていないようだった。 「よぉ。お前ら、やっぱ駄目だったな」  試験会場の教室から、廊下を少し歩いていると、前から忍服を着た一人の男が現われた。  それは、三人の担当上忍だった。 「先生〜」 「やっぱ駄目だったな、って何だよソレ」 「お前達なら中忍になれるって言ったの、先生だろ!」  自分達の担当上忍の今の台詞に、三人は口を揃えて反論する。 「まあまあ、お前らにはまだまだ下忍が似合うんだよ」 「ひどーい」  イナホは、やはりいつも通り頬を膨らます。  そんな彼女も、もう23歳である。 「それにしても、イナホ。残念だったな」 「……へ?」  イナホにだけ対しての「残念だったな」発言は、どういう意味か。  三人全員に対してならともかく。 「どういう意味?」 「いやさ、今年の中忍試験の試験官、特別上忍なんだよ」 「……まさか」  担当上忍のその言葉に、明るかったイナホの表情が曇る。  いや、それどころか青白くなる。 「そう。そのまさか。第三の試験の試験官、ハヤテなんだよ」  何故か楽しそうに、担当上忍がそう言った途端、だった。 「ギャアアアア!!!!」  イナホは、両手で頭をおさえ、とてつもない悲鳴を上げた。  そのとてつもない悲鳴に、隣にいる源内とコムギは驚く。 「……コムギィィィ!!! 貴様ァァァァ!!!」  そして、恐ろしい形相をして、コムギの方を向いてきた。 「ひぃ!?」  その恐ろしい形相をしたまま、イナホはコムギの首を絞める。 「貴様ぁ…………よくも私から青春を奪いやがってぇぇ……!」 「こっ、殺される………っっげ、源内……助けてくれ……っ」  チームメイトのくノ一に殺されかけているコムギは、必死になって同じくチームメイトの源内に助けを求める。 「………まあまあ、イナホ。落ち着けって」 「これが落ち着いていられますかァァァ!!!」  担当上忍の言葉に、イナホはコムギの首から手を離すと怒鳴った。  そのあまり物形相に、担当上忍も少々戦く。 「…………そんなイナホに、いい話教えてやろうと思ったんだけどなぁ……」 「何、いい話って!?」 「………明日な、俺な、別の任務が入ったからお前らとの任務が駄目になっちまったんだよ」 「じゃ、明日は私達、オフなのね!?」 「いいや。代わりの上忍頼んでおいたから」 「何それ〜」 「いいだろ、その代わりの上忍、ハヤテなんだから」 「…………嘘っ」 「ホントホント。ちゃんと指名しておいたから。ハヤテも快諾してくれたよ」 「やったぁぁ!!」  女は、げんきんなものである。  もうすっかり怒りが収まっているイナホは、担当上忍の言葉にジャンプしながら喜びを全身で表している。 「明日の為にお洒落しなきゃ! じゃ、私この辺でドロンするね!」  と、イナホは瞬身の術で姿を消した。 「…………女ってすげぇな…………」  イナホが姿を消すと、源内がぽつりと呟いた。  同感、と呟きながら担当上忍も首を数回縦に振る。 「俺、本当に殺されるかと思ったぞ……」  イナホに絞められた首を押さえながら、コムギは涙目になっている。 「……なぁ、先生」 「ん?」 「イナホは何でそんなにハヤテさんとかいう人に入れ込んでるんだ?」 「俺が知るか」 「……俺逢った事ねぇけどさ、ハヤテさんとかいう人って、そんなにいい男なのか?」 「んー……ま、それは人それぞれだろうな」 「どんな人なんだよ?」 「年は、お前らと同い年」 「……23歳?」 「ああ。23だって」 「「…………」」  担当上忍の言葉に、源内とコムギは一瞬だけ互いに顔を見合わせる。  同い年の俺達は下忍で、その人は特別上忍。  何て言ったらいいのか、この気分。 「でもなぁ……」 「どうかしたのか?」 「ハヤテの奴な、恋人いるんだけどな……」 「あらら〜。イナホの恋は実らないのか」「……その恋人って、美人なのか?」  担当上忍の言葉に、源内とコムギはほぼ同時にそんな事を互いに訊ねる。 「……美形ではあるよな」 「何か引っ掛かる言い方だな……性格が悪いとか?」 「いやな、ハヤテの恋人って、男なんだよ」 「「ホモかよっっ」」 「愛は性別を超える、と言ってやれ」 「でもイナホ腐女子だから喜ぶんじゃん?」 「…………それもそうだなっ」  そして、三人はアハハハハと笑い合った。  翌日。  源内とコムギが集合場所に来ると、もうすでにイナホが来ていた。  いつも、寝坊だの、髪セットするのに時間がかかっただの、目覚し時計セットするの忘れただの、生理通だので遅刻してくるイナホが。  遅刻せずに、やって来ていた。  それどころか。  か・な・り「お洒落」をしている。  いつもはただブラシを通しただけ、としか見えないショートカットが、今日は何時間もブローしたと思える程さらさらになっている。  それに、薄く化粧もしているようだ。 「おはよ、コムギ、源内」 「……お、おはよ」 「まだ、集合時間の10分前だぞ?」  恐る恐る、源内が訊ねる。  するとイナホは何言ってんの、と言う顔を向けてきた。 「そんな事知ってるわよ」 「……お前が遅刻して来ないなんて……きっと大雨振るぞ……」 「いや、雷雨だ、きっと」 「何よそれー!」  源内とコムギの言葉に、イナホが怒って言い返そうとした、その時だった。  忍服を着た一人の青年が、近付いてきた。  その手には、ファイルを持っている。 「えーっと……あなた方が、21班ですか?」  その青年は、三人にそう声をかけてきた。  その声で、イナホはくるりと振り返る。  すると其処には、体調の悪そうな忍が、一人いた。  彼は、木の葉の額当てをまるでバンダナのように頭部を覆い隠すように巻いて、その真ん中と両脇からちょこんと髪を出している。  首筋を隠す程度の長さの黒髪は、風に靡いている。  大理石のような白い肌に、目の下にはクマ。  軽く握っている右手で口元を押さえるように時々、咳き込む。 「そうですけど……」 「担当上忍は、陸奥ヤナギさん……で宜しいんですよね?」 「は、はあ……」 「あなたがコムギさんで、あなたが源内さん、そちらの女性は……イナホさん、で宜しいですね?」  手にしているファイルの書類を1枚1枚捲り、確認しながらその青年はそう訊ねてくる。 「はあ……そうですけど……」 「はじめまして。今日の任務をご一緒させて頂く事になりました、月光ハヤテです」  そして、その青年は名乗るとぺこりと頭を下げた。  慌てて、源内とコムギも頭を下げる。  二人がチラリと脇にいるイナホの方を見ると、イナホは目をうるうるさせていた。  ああ、この人が……と、二人は頷いた。 「「よろしくお願いします」」 「こちらこそ宜しくお願いしますね」 「あのー!」  ハヤテが、手に持っていた書類をボフンと消すのを見計らって、源内が挙手した。 「ハイ?」 「えーっと……その、ヤナギ先生は……何の任務なんでしょうか?」 「さあ……Aランク任務としか……」 「そう……ですか」 「……私なんかがヤナギさんの代わりでは、不満ですか?」 「いえいえ、とんでもないっす!!」 「そうですか、それじゃあ、宜しくお願いしますね。今日のあなた方の任務は、草むしりです」 「「はーい」」  イナホは、相変わらず「夢見る乙女」のように目をキラキラさせている。 「………えー…っと……、あちら側を源内さんとコムギさん、こちら側をイナホさんと私でやりましょう」 「「はーい」」「えっ」  ハヤテの言葉に、一番驚いたような声を出したのはイナホだ。  イナホのその声に、ハヤテはイナホの方を振り向いた。  目が合ったイナホは、途端にボフン、という音とともに真っ赤になった。 「あれ……? ヤナギさんから伺った話ですと、そのような振り分けでやってくれ、と言う事なのですが……」 「せ、先生がそんな事を!?」 「ええ。それと、イナホさんは虫全般が駄目なので注意してくれ、とも伺いました」 「な……!?」 「ご質問が無いようでしたら、始めましょう。早く始めて、早く終わらせましょう」 「「はーい」」「あ、は、はい……」  ハヤテの言葉に、コムギ、源内、イナホ、それぞれ返事をする。  かくして、4人はDランク任務の草むしりを始めた。  だが、イナホは草むしりの最中でも、チラチラとハヤテの方を覗き見ている。  ハヤテの方はその事に気付いているのか否か、黙々と草を毟っている。 「……何か………私の顔に付いてますか?」  草むしりをはじめて小一時間、不意にぽつりとハヤテが呟いた。  草を毟りながら、イナホに向かって。 「……え!?」 「いえ……先程から私の顔を見ているようでしたので……何か、付いてますか?」 「い、いえ! とんでもない! 綺麗な顔だなって思って……見惚れちゃって……えへへ」 「……綺麗な、顔……?」  イナホの言葉に、ハヤテはきょとんとした表情をする。  そんなハヤテの表情に、イナホは顔を赤くする。 「え、えっと……その……うー……」 「ん?」  じっとハヤテに見詰められ、イナホはますます顔を赤くする。  そんな赤くなったイナホの顔を、ハヤテはますますまじまじと見詰める。 「……暑いですか?」 「えっ」 「いえ……お顔、真っ赤ですから……。あ、少し休憩しましょうか」 「え、あ、はい……」  ハヤテの言葉で、イナホは真っ赤な顔のまま立ち上がる。  離れた場所で草むしりをしていた源内とコムギも立ち上がる。 「あの丸太の上で一休みしましょう」  と、ハヤテは広場の中央にある木をそのまま倒しただけ、というような丸太を指差した。  すると、すぐに源内とコムギは端に座った。  そして、ニヤ、とした笑顔をイナホに向ける。  イナホを、ハヤテの隣に座らせてやろうとしているようだ。  そんな事とは露知らず、ハヤテはコムギの隣に座る。 「……座らないんですか? お疲れでしょう?」  と、ハヤテは自分の隣のスペースを指しながらイナホにそう言った。  ぎこちなく返事をしながら、イナホは赤い顔のままハヤテの隣に座った。 「あのー」  イナホがハヤテの隣に座った瞬間、コムギが隣のハヤテに声をかけた。 「ハイ」 「お年……お幾つなんですか……? 若そうなんですけど……」 「若そう? 私が、ですか?」 「え? あ、はぁ……」 「そうですか……そんな事、初めて言われました。今まで散々若々しさが無いとばかり言われてまして」 「はあ……」 「ああ、そうそう。ご質問の答えですけど、私は23です。21班の皆さんと同い年と伺ってますが」 「……失礼ですけど、アカデミーを卒業したのは?」 「12歳の時です」 「…………じゃあ、中忍に昇格したのは……?」 「13歳の時です」 「…………」 「……何か?」 「いっ、いえっっ」  ただ慌てているコムギに、ハヤテはわけがわからないように首を傾げている。 「凄いですねぇ! アカデミー卒業した翌年には中忍に昇格だなんて!」  源内が、代わりに素っ頓狂な声を上げる。  コムギにばかり気を取られていたハヤテは、その大きな声に驚いて腰掛けている丸太からずり落ちかけた。 「そうですか?」 「ええ、そうですよ! 俺達なんて皆アカデミー卒業したのは12歳ですけど、この年までずーっと下忍ですから!」  アハハ!! と、源内は自虐めいた大きな笑い声を上げる。  その笑い声を聞いて、コムギとイナホは暗い顔になってしまった。  一人、きょとんとした顔をするハヤテ。 「あ、あの……任務、再開しましょうか……」 「「「はーい……」」」  ハヤテの一言で、草むしり任務を再開した。 「なあ、コムギ……」  再開した草むしりの途中、源内はそっと少し離れた場所で黙々と草を毟っているチームメイトに声をかけた。 「ん? 何だぁ?」 「イナホさぁ、どうしてあの人に入れ込んでるんだと思う?」  源内の言う「あの人」とは同じくチームメイトの紅一点であるくノ一・イナホと一緒に草を毟っているハヤテの事だ。 「そんなの俺が知るか」 「だよなぁ……」 「…………なぁ、そんなにいい男かぁ?」 「さあなぁ……。俺は何とも」 「……可愛い系の顔だとは思うわけよ。でもイナホってめちゃくちゃ面食いじゃん?」 「確かに、どちらかと言えばカッコイイ系の男に惚れてたよな、今まで」 「うんうん」 「…………何で俺達には惚れなかったんだろうな」 「俺達はいい男じゃないからだろ」 「………そーきたかぁー」 「…………悲しくなってくるからやめてくれ」 「………ああ…………」  と、二人は再び黙々と草むしりをする。  その間。 「Aランク任務って大変なんですか?」 「そうですね……大怪我する恐れもありますし」 「大変なんですねぇ……あたし、一生下忍のままでいいかも……」 「上を目指すのも悪く無いと思いますよ。実際、ある下忍の子が……あ、イナホさん達よりずっと年下の子なんですけどね。  今年アカデミーを卒業したばかりのルーキーらしいんですが、その子が火影になるって張り切ってるそうですよ」 「ルーキーが……火影になる……!?」 「ええ。カカシさんが担当している下忍の子らしいんですけどね」 「カカシ……さん? あの、はたけカカシさんとかいう、上忍の……?」 「ええ。やっぱり、カカシさんは有名らしいですね」 「そりゃ知ってますよー! うちは一族じゃないのに写輪眼を持ってるコピー忍者で、指名任務も幾つもあるとか!」  イナホは、ハヤテと会話に花を咲かせていた。  チームメイトの3人(担当上忍含む)と一緒にいる時より、ず――――っと楽しそうである。  頬を紅潮させている。 「じゃあ、Sランク任務ってのは……?」 「国を動かすぐらいの大きな任務らしいですよ。私は一度も経験した事ありませんけど」 「ええ!? ハヤテ様は一度も……!? それぐらい大変なんですね!!」 「あの……その呼び方、やめて頂けません?」 「…え!? ……ご、ご迷惑……ですか……?」 「いえ、そうでなく……そんな大層な呼び方される程、私は大した人間ではありませんから」 「いえいえとんでもない!! とんでもないです!!」  慌てて、イナホは立ち上がって両手をぶんぶんと振り回す。 「あたしにとって、ハヤテ様は永遠の憧れですから!! ハヤテ様はハヤテ様です!!」 「……あ、はあ……それでは、お好きなようにお呼び下さい」 「はいっ」  ハヤテの一言で、イナホはぱあっと明るくなった。  数時間後。 「あ、もうそろそろお昼にしましょうか」 「「「はーい」」」  ハヤテの一言で、草毟りしていた下忍三人は立ち上がり、傍の川原で手を洗ってから、再び丸太に腰掛けた。  又、同じような並び順で。  だが、ハヤテだけは座らずに佇んだまま、辺りをきょろきょろと見回していた。 「どうかしたんですか? ハヤテ様……」  足の上に、自宅から作って持って来たらしいおにぎりを広げたイナホは、ハヤテに声をかける。  源内とコムギの二人はおにぎりを頬張りながら、何て呼び方してんねん、と心の中でツッコミを入れる。 「あ、猫ちゃんだ!」 「黒猫だぞ。不吉な……」 「クロネコヤマトの宅急便……」  すると其処へ、黒い仔猫が現われた。  にゃあと高い鳴き声をあげながら、佇んでいるハヤテの足元に擦り寄る。  そんな仔猫を、ハヤテはそっと優しく抱き上げた。 「うぃーっス」  と、其処へ、一人の忍が現われた。  ハヤテと同じ里配給の忍服を身に付け、額当てを逆巻きに巻き、銀色の髪を靡かせ、千本を銜えている。  その手には、桜模様の布に包んだ、何かを持っている。  それを少し上げて見せながら、ハヤテに近付いていく。 「昼飯持って来たぞー。ゲンさん特製カボチャ弁当だ」 「……また、おかずはカボチャの煮物しかないんですか……?」 「いや。カボチャの他に唐揚げと鮭と卵焼きとタコさんウインナーがある」 「……普通のお弁当じゃないですか」 「文句あんのか?」 「ありません」  口論のような事を言い合いながらも、終始にこやかにハヤテは、その男から包みを受け取った。  どうやら、弁当箱らしい。 「そいつ等が、ヤナギさん担当の下忍? 中忍試験第一試験から落ちた奴等?」  ハヤテが抱えている仔猫を、ハヤテから受け取って抱き上げながら、男はイナホ達に視線を移しながらぽつりと呟く。  そんな男の言葉に、ハヤテは少し慌てる。 「そんな言い方……ッ」 「ま、無理もねぇわな。何せ、その時の試験官があのイビキじゃあねぇ……」 「確かに……」 「それより、飯食おうぜ」  ドカッと、その男はイナホの隣に腰掛け、そして自分の隣にハヤテを座らせた。  誰だこの人は……という視線を、源内とコムギとイナホは男に向ける。  そんな下忍三人の視線に気付き、男は彼等の方を向く。 「あんたがイナホ?」 「えっ、あ、は、はい……っ」  男は、自分のすぐ隣にいるイナホに視線を移す。  男と目が合っているイナホは、あらいい男、と少し頬を赤くする。 「言っておくがなぁ、ハヤテは俺のもんだからな」 「…………えっ」 「えーっと、そっちがコムギと源内だよな」  と、次に男はイナホの奥にいる源内とコムギにも目を向ける。 「えっ」「あっ、はいっ」 「お前らにも忠告しておく。ハヤテは、俺のもんだ。手を出したら殺す」  と、その男は特別上忍特有の殺気を発する。 「ゲンマさん……っ恥かしい事言わないで下さいよっそれに殺気を発するのもやめて下さい!」 「いいからいいから、ホラ、飯食えっ」  座っているハヤテの足の上に弁当箱をおき、包みを開いた。  そして、弁当箱の蓋を開ける。  すると、その中には先程男が言っていた通りのおかずが入っていた。 「ホラ、美味そうだろ、だろっ」 「……日に日に、ゲンマさん、益々おかんっぽくなっていきますね……」 「主夫って言えっ」 「どちらにしろマイナスイメージです」 「あのー……どちら様でしょう?」  おにぎりを食べるのも忘れ、イナホが口を開いた。  だが、コムギと源内はその男が誰だか薄々わかっていた。 「あん? 俺? 俺は不知火ゲンマ。特別上忍だ。ハヤテの婚約者でもある」 「こ……ッ婚約者ァァァ!?」  ゲンマと名乗ったその男の言葉に、イナホはあからさまに驚く。  恋人と言う事は聞いていたが、まさか婚約者と言う言葉が出てくるとは思ってもいなかった源内とコムギも驚く。 「私がいつゲンマさんの婚約者になったんですか! いい加減な事言わないで下さい!」 「だってこの間、結婚してくれって言ったらいいですよ、って言ったじゃねーかよぉ」 「それは……ッ」  ゲンマの言葉に、ハヤテは真っ赤になる。  おにぎりを頬張りながら、源内とコムギとイナホは、そんな二人の痴話喧嘩を見ていた。 「酔っ払ってたので全く覚えてません」  ハヤテは拗ねたように、ぷいっと、ゲンマからそっぽを向く。 「ちゃんとデジカメの動画で録画しておいたから」 「…………」  今度は、ハヤテがゲンマに向かって殺気を放つ。  だが、全く動じずにゲンマは弁当箱の中のカボチャの煮物を箸で摘み、はいあーん、とハヤテの口元へと運ぶ。  そんな、鼻の下を伸ばしているゲンマに、ハヤテは呆れながらもそのカボチャの煮物を頬張る。 「どうだ? 美味いだろ?」 「……今日のは、一段と甘いですね……」 「昨日のは甘味が少ないとかお前が言ってたから砂糖増やしたんだよ」 「…………これじゃご飯のおかずになりませんね」 「いいんだよ、お前が俺のおかずになるから」 「殺しますよ」 「すみません。ほんの冗談です」  真っ青になって謝るゲンマから箸をふんだくると、ハヤテは黙々とその弁当を一人で食べ始めた。  そしてゲンマは、そんなハヤテをじっと見詰めていた。 「ゲンマさんは? 食べないんですか?」  と、ハヤテは自分の足の上に広げている弁当箱と箸を、ゲンマに差し出そうとする。  だが、ゲンマはそれを手でそっとハヤテの方に押し返す。 「俺はさっき起きたばっかで飯も食ったばっかだからそんな腹減ってねぇんだわ」 「……ごちそうさまでした」  両手を合わせ、ぺこりと頭を下げながらハヤテはゲンマに向かって呟く。  そして、弁当箱に蓋をし、布で包むとゲンマに手渡した。  だが、ゲンマはその手渡された弁当箱の重さに気が付いた。 「お前……ちゃんと食ったのか!? 半分ぐらいしか減ってねぇじゃねぇか!」 「半分も食べたんです」 「まあ……いつものお前からしたら結構な量食ってる事にはなるがな……」 「さあて、任務再開しましょう。ゲンマさんも暇なら手伝って下さい」 「マジで? 何で俺が。加給、付く?」 「私に恥をかかせたお詫びに手伝いなさい」 「……恥? 俺、お前になんか恥かかせた? ん? 今日はちゃんと服着てるぞ?」  と、ゲンマは真面目な顔をして今自分が着ている忍服を指差す。  それじゃあいつもは裸でいるという事か、とイナホと源内とコムギは本気で悩んだ。 「コムギくんと源内くんとイナホさんはあちら側、ゲンマさんはこちら側をお願いします」 「お前は」 「ゲンマさんと同じところです」 「そうかそうか、そんなに俺のそばにいたいか」 「そういう事にしておいてあげます」  遊園地で騒ぎながら遊びまわる幼い子供を、見守る若い母親のような目で、ハヤテはゲンマを見る。  だが、そんなハヤテの視線も気付かずに、ゲンマは草むしりをはじめた。 「お前、何突っ立ってんだよ! お前がヤナギさんの代わりの上忍なんだろッしっかりやれよッ」 「ハイハイ」  やはりまだ、母親のような目でゲンマを見る。  微笑みながら。 「ふうっ、終った終った!」  数時間後、漸く任務が終了した。  腰を上げ、両手を伸ばしながらゲンマが溜め息混じりに呟く。  三十路寸前には座ってばかりの作業である草むしりは少々きつかったか。 「……あのー、この、毟った草……、どうするんですか?」  全員が毟った草は、小さな丘のような山になっている。  その山を指差しながら、源内が本日の代わりの担当上忍であるハヤテに訊ねる。 「焼却炉まで持って行くのが面倒ですから、火遁で燃やしちゃいましょう」 「火遁……?」 「この間ヤナギ先生使ってたじゃない。口から火を拭く術!」  きょとん顔している源内に、イナホが答える。  その答えで、あああれかぁ、と源内とコムギは納得した様子。 「ハヤテ様も使えるんですかぁ!」  イナホは嬉しそうにハヤテの方を向く。  だが、ハヤテはどうしようか迷っている様子で、ゲンマの方をちらり、と見る。 「俺がやるよ、やりゃーいいんだろ」 「お願いします」  ゲンマの言葉に、ハヤテはにっこりと笑って答える。  その笑顔に、仕方ねぇ、と呟きながらゲンマは印を結び始める。  先程のイナホの説明の通り、ゲンマが口から火を拭いた。 「…………ん? どうかしたのか?」  ゲンマが火遁で燃やした、毟った草の残骸を見詰めているハヤテ。  そんなハヤテに、ゲンマはそっと声をかけた。 「最初から……この小原の草を毟るのではなく、火遁で燃やした方が早いような……」 「…………」 「……火影様にも、何か考えがあっての事だとは思いますが…………」 「……あのジイさん、ボケてきたんじゃねぇだろうな……」 「ご本人の前では絶ッッ対に言っちゃ駄目ですからね!」 「わーってるよ」 「……あ。本日の任務終了です。お疲れ様でした。此処で解散しますね」  ゲンマに気をとられていたハヤテは、すぐ後ろにいる下忍三人にそう言うと、ぺこりと頭を下げた。 「「はーい」」「あの……っ」  突然、イナホが挙手をした。 「ハイ? イナホさん、何でしょう?」 「あのー、差し出がましいようですが、お訊ねしても宜しいでしょうか……?」 「何でしょう?」 「お二人の結婚式の日取りを……」 「…………」 「披露宴には、招待して頂けますか?」 「ゲンマさんがあんな事言うからッ! 信じちゃってるじゃないですかッッ!!」  イナホの疑問に対し、ハヤテはゲンマに向かって本気で怒鳴った。  頬を紅潮している。  だが、その紅潮は照れからくる紅潮ではなく、怒りからくる紅潮だった。 「いいじゃん、どうせいつか俺達結婚するんだからさ」 「しませんッそれ以前に男同士で結婚できる訳無いじゃないですかッ」 「……アメリカは同性間の結婚、認められてるんだっけ?」 「………まさか……本当に行く気……ですか………」 「ああ。ずっと一緒にいようって約束、しただろ」  突然真顔になり、ゲンマはハヤテの両手を握り締めながら言う。  その言動に、一瞬だけハヤテは赤くなったが(照れ)、すぐに現実を見詰める。 「結婚なんかしなくたって一緒にいれるじゃないですかっ」 「……この国では養子縁組だっけ。……あ、そしたら戸籍上はお前が俺の養子、という事になるな」 「…………」  もうイヤだ…と呟きながら、ハヤテは一人悶々と妄想話に花を咲かせているゲンマに握られている両手をするりと抜けさせると、まるで徘徊する抜け殻のように歩き出した。  そんなハヤテの後を、少し慌ててゲンマが付いて行く。 「あのー、式の日取りは……」  そんな二人の後ろ姿に向かって、イナホはなおも訊ねようとしていた。 〜終〜 蓮堂の一言:イナホとカエデの性格が非常に似ているような……