+++ winter,again +++  その日は、北風がびゅうびゅうと吹いていた。  かなり寒い日だった。  道行く人も皆、厚手のコートを着て、色とりどりの暖かそうなマフラーを首に巻いて足早に歩いている。  アスマもまた、忍装束にマフラーを巻いて歩いていた。  報告書も提出し、担当している下忍達とも別れ、帰路に着いていた。  首に巻いている無地のマフラーが、北風に吹かれ靡く度にその大きな図体を縮ませる。  こういう寒い日は、熱燗でも一杯ひっかけるかな……  そんな事を考えながら煙草を吹かしていた。  すると。  前方にある、暖かそうな服装をした黒髪で細身の後ろ姿に目がいった。  道行く人達と同じぐらい厚手のコートに身を包み、分厚い毛糸のマフラーをしている。  手袋をしている左手に、葱やら肉類の入ったトレイを覗かせているスーパーの白いビニール袋を握っている。  どうやら、そのビニール袋の中身は今夜の夕食の材料らしい。  多分、鍋にでもするのだろう。  だが、買い込んだ量からして、一人で食べる量ではないようだ。  今夜は、彼氏と鍋でも突付くのかねぇ……  あったかい炬燵に入って鍋を突付いて?  あったかい鍋を挟んで食べさせ合ったり?  おいおい、鍋より熱いんじゃねぇだろうな?  前方を行く一人の後ろ姿を見ただけで、アスマはそんな事をムンムンと考えていた。  と、その時だった。  不意にびゅうっと強い北風が吹いてきた。  うわ、という声が近くから聞こえて来た。  思わず、アスマも目を瞑った。 「あ……っ」  と、そんな声が前方から聞こえて来た。  顔を上げ、目を開けると前方にいた人物の首から、巻いていた筈のマフラーがなくなっていた。  その人物は困ったように、道に生えている木を見上げている。  アスマも見上げてみると、その木に今さっきまで、その人物が付けていたマフラーが引っ掛かっていた。  手を伸ばしても、届いていない。  あと少しで届くのに、指数本分、足りていない。  長身のアスマはその人物に近付き、スッとそのマフラーを取ってやった。  そして、取ったマフラーをその人物に手渡そうとした。  すると。 「あ、ありがとうございます。……あ、アスマさん」  その人物は、ハヤテだった。  自分より十数センチ長身のアスマを見上げている。 「ハヤテだったのか……」 「え? 何がですか?」 「いや。ほら」 「はい、ありがとうございます」  アスマが取ってやったマフラーを手渡すと、ハヤテはにっこりと微笑んだ。 「鍋にでもするのか?」  アスマから受け取ったマフラーを首に巻いているハヤテが手にしている 白いビニール袋を見て、今気付いたように訊ねてみる。 「ハイ。ゲンマさんと一緒に」 「……ああ、ゲンマと……。ふうん」 「一緒に、食べますか?」 「え? いいのか?」 「ハイ。鍋は沢山の人と一緒に食べた方が美味しいですから。……あ、そうだ。皆さんも呼びましょう」 「え? 皆さん?」    というわけで。  アスマはハヤテと一緒に、ハヤテの家へと向かった。 「ハーヤテッ」  ハヤテが玄関の扉を開けた途端、誰かが飛び出してきて、ハヤテに抱き付いてきた。  それは、ゲンマだった。 「待ってたぞ〜ハヤテ〜寒かっただろ〜ホラ、頬っぺた冷たいぞ〜俺が温めてやる〜」  ハヤテに抱き付いたまま、ゲンマはハヤテに頬擦りをする。 「……ん? 何で、アスマさんがいるんだ?  ……まさか、ハヤテ…………ナンパしてきたんじゃねぇだろうな?」  抱き付いているハヤテから離れ、怪訝そうな顔でゲンマはアスマとハヤテを交互に見る。 「ハイ、ナンパしてきました。一緒に鍋を食べましょう、と」 「おいおい。何でそうなるんだよ」 「鍋は沢山の人と一緒に食べた方が美味しいじゃないですか」 「そりゃ、そうだけど」 「ですから、皆さんも誘ってきました」 「「「「「誘われて来ました」」」」」  と、ハヤテの後方から姿を現したのは、カカシ、ガイ、ライドウ、アオバ、 イビキ、エビス、イルカ、コテツ、イズモ、トンボ、イワシ達だった。 「……おいおい、嘘だろ!?」 「鍋は沢山の人と食べた方が美味しいんです。皆さん、どうぞ」  眩暈を感じているゲンマを尻目に、ハヤテは呼んできた忍達をさっさと家の中に入れる。  13人は卓袱台を囲んで、ハヤテが鍋を持って来るのを待っていた。 「おい、きついって……そっち行けよ」 「それはこっちの台詞だ」 「あ、押さないで下さいよぉ!」 「……ちょっと聞け、てめェら」  不意に、ゲンマは口を開いた。  12人は、顔を上げてゲンマに注目する。 「言っておくが、ハヤテの隣に座るのは、俺だからな」  親指で自分の胸を指しながら、まるで当然の事のように、ゲンマは言う。 「じゃ、ハヤテの右隣はゲンマでいいだろう。その代わり、左隣は俺だからな」  と、又当然のように言ったのはアスマだ。 「なーに言ってるの、アスマちゃん。俺に決まってるデショ」 「いや、俺の方がいいですよ」 「いえ、此処は俺が……」 「俺が座ります」 「いや、俺だー!」  誰がハヤテの隣に座るかで、揉め出した。 「……何してるんですか、皆さん」  鍋つかみで鍋を持っているハヤテが、姿を現した。  揉めている13人を、小首を傾げながら見ている。 「いや……」 「何でもない、何でもない」 「美味そうだな〜!」  皆、必死に誤魔化している。  予め、卓袱台の上に乗っかっていた鍋敷きの上に、ハヤテは持って来た鍋を置く。  そして、そのままその場に座った。  ハヤテが座っている右隣には、ゲンマが座っている。  そして、左側には何だかんだでアスマが座っている。  ハヤテの隣に座り損ねた11人は、残念そうに俯いている。 「でもよくもまぁ、14人前も野菜があったよな……」 「以前田舎から送って貰ったんです。なので野菜類はまだ沢山残ってます。その代わり、お肉は余りありませんけど……」 「いいんだよ、こんな奴等に肉なんて。忍者はなぁ、野菜食ってなんぼじゃい!」 「……そうですよね」  ゲンマの言葉に、ハヤテはにっこりと微笑む。  まるで天使のようなハヤテの笑顔に、ゲンマだけでなく他の忍達も癒されていた。 「皆さんの分の箸が無くてすみません……」  ハヤテと、ゲンマとアスマ以外は、割り箸を使っている。  そんな彼等を見回して、ハヤテは申し訳無さそうに言う。  だが、そんな申し訳無さそうなハヤテに、割り箸を使っている者達は皆、大丈夫と首を横に数回振った。 「……ん? じゃあ、俺が使ってる箸、誰のだ?」  アスマは、自分が使っている箸をまじまじと眺める。  もしかして、ハヤテがいつも使ってる箸じゃないだろうな? と思いながら。  もしそうだったらどんなにいいだろう。  その前に、そんな事ゲンマが許すわけないだろうが。 「アスマさんが使っているのはゲンマさんの箸です」 「え? じゃ、ゲンマが使ってるのは……?」 「私の箸です」 「……じゃ、じゃあ、ハヤテが使ってるのは?」 「姉さんの箸です」 「「「「「姉さん……?」」」」」  ハヤテの言葉に、ゲンマとカカシ以外が小首を傾げた。 「ハヤテには2つ違いの姉がいるんだよ。アリサって名前の。今暗部にいる」  カカシは、鍋を突付きながらそう説明する。  元暗部のカカシは、現在の暗部とは一応顔見知りでもある。 「じゃ、姉弟で暮らしている家に、ゲンマが居候してるって事か?」 「居候と言うか……ゲンマさんが、此処に時々泊まりに来る程度です」 「程度……程度、なのか俺は!?」  ハヤテの何気無さそうな言葉がゲンマの胸に、まるで剣のようにグサッと突き刺さった。  いや、この場合は刀か。 「いえ、そういう意味ではなく……実際問題として、ゲンマさんは独身寮に住んでるじゃないですか。 たまに此処に来るぐらいで……。姉さんが長期任務などで長期間うちにいない場合、来てくれるぐらいで………」 「なら、何でゲンマの箸があるんだ?」  少々しどろもどろになっているハヤテを、まるで揶揄するようにアスマは訊ねる。 「泊まる事もありますから。と言うか……最近は泊まってばかりいますね、ゲンマさんは」 「「「「「な、何ーーー!?」」」」」 「丁度姉さんが一週間程前、里外の長期任務に行きましたから」 「ハヤテがな、一人で寂しいって言うから俺が付いてやるんだよ」 「そうなんです」  胸を反り返らせながら自慢げに言うゲンマの言葉に、ハヤテは笑顔で同意する。  そんなに寂しいなら、俺がいるのに―――!!!!  そんな事を、12人が同時に思っていた。 「ふう。食った食った……」  アスマはそう呟きながら自分の腹をさする。 「では、次は雑炊ですね」  汁と、ほんの少しの野菜屑しか残っていない鍋を持って、ハヤテは立ち上がる。  それを持って、ハヤテは台所へと入っていった。 「エプロンした方が可愛いのになぁ……」  台所へと入って行くハヤテの後ろ姿を見詰めながら、カカシはぽつりとそんな事を呟いた。 「それ、俺も思う!」 「いや、同じエプロンならやっぱ服着ない方が……」 「裸エプロンか!」 「そう、それ!」  ハヤテがいない間、そんな事を言い合っていた。 「……おい。俺のハヤテで勝手に妄想してんじゃねぇぞ」  ゲンマは、ドスのきいた声で12人を睨む。 「“俺の”って何だよ、“俺の”って!」 「実際問題として、ハヤテは俺のものなんだよ!」 「いや、ハヤテは皆のものだ!」 「俺が手に入れたんだから俺のものなんだよ!」 「抜け駆けは許さんぞ!」 「抜け駆けじゃなーい!」 「……何してるんですか、皆さん」  再び、雑炊の鍋を手にハヤテが戻ってきた。  揉めている13人を不思議そうな顔で眺めている。 「「「「「い、いや、別に……」」」」」 「楽しそうですね」  にこにこと笑顔で、持って来た雑炊鍋をテーブルの真ん中に置いた。  そして再び、鍋を突付いていた。  すると。  突然、玄関の扉が開いた。  その直前、ピクッとハヤテが反応したように顔を上げ、玄関の方を振り向いた直後だった。 「なぁに、あの大量の靴」  そんな声が聞こえたかと思うと、その声の主が全員が食事中の居間に入って来た。  長い黒髪の女だった。  暗部の衣装を着ている。 「姉さん……お帰りなさい。早かったんですね」 「案外早く終わったのよ、任務が。つーかあんたに早く逢いたくてねぇ」  ハヤテの姉、アリサは箸を持ったままのハヤテをぎゅっと抱き寄せ、頬擦りする。  少し嫌そうに、ハヤテは姉から逃げるように顔を背けた。 「ほら、あんたの好きなハーゲンダッツ買って来たわよ。どうせゲンマくんもいるだろうと思って、三人分」  ハヤテから離れながら、アリサは手にしている白いビニール袋をハヤテに見せた。 「何でこんな寒いのにアイスなんて買って来るんですか……」 「五月蝿いわね! あたしが食べたいからに決まってんでしょ、ハーゲンダッツ!」 「……うわ。逆ギレされました」 「つーか今、本性も出たぞ……」 「何、今日は皆で寄ってたかって鍋ペーティーでもやってるの?」  ハヤテが持っている自分の箸を奪うように取り上げながら、 アリサはハヤテとアスマの間に入り込む。  ゲンマとハヤテの間に入り込まないのは、 そうするとハヤテの機嫌が悪くなる事を、姉として熟知しているからだ。 「まあ、そんなところです」 「ちょっとー、狭いわね。あんたもっとそっち行きなさい」  と、アリサはハヤテをゲンマの方に押し退ける。  姉に押されたハヤテは、ゲンマに寄り掛かる形になった。  それを見た12人は、羨ましそうにゲンマを見る。  その視線に気付いているゲンマは、これ見よがしにハヤテの肩を抱き寄せる。  今度は、12人の眼差しが羨望から憎しみや殺意へと変わった。 「姉さんが急に帰って来るのがいけないんじゃないですか」 「何、愛しいお姉様が帰って来たってのにその言い方は。 あたしはあんたをそんな風に育てた覚えは無いわ!」 「私も姉さんに育てられた覚えはありません」  アリサの言葉に、ハヤテはキッパリとそう言う。 「アリサに箸も器も取られたのか。可哀想に。ホラ、ハヤテ。俺の食え」  ゲンマは、自分が手にしている箸と、雑炊を入れた器をハヤテに渡す。 「いえ……ゲンマさんが食べて下さい」 「見たところ、お前雑炊全然食ってねぇじゃん」 「いえ、もう……お腹一杯です」 「お前、ちょっと小食過ぎるだろ。だからすぐ倒れるんだぞ」 「……まだ、今月は倒れてません」 「まだ今月入ったばっかじゃねぇかよ」 「あ、そういえばそうでしたっけね」 「ちょっとー、あんた達何イチャイチャストロベリってんのよ」  雑炊を食べながら、アリサはゲンマとハヤテを睨む。  その食欲はいつまで経っても衰えない。 「うるせーな。別に減るもんじゃねぇだろーが」 「ハヤテ。あたし、はやて鍋食べたいの。作って頂戴」  ゲンマの言葉を無視し、アリサはハヤテにそう言う。  は、ハヤテ鍋だと――――!?  アリサの言葉を聞いて、12人は思わずあらぬ妄想を駆り立てた。 「残念でした。うちに馬肉はありません」 「じゃあ、あんたが具になりなさい。それが本当のハヤテ鍋よ!」 「……マジですか」 「マジですわよ」 「……ゲンマさん、助けて下さい」  姉の殺気立った目を見て、慌ててハヤテはゲンマの後ろに隠れる。 「ハヤテを食っていいのは俺だけだ!」  守るようにハヤテを抱き寄せながら、ゲンマはアリサを睨んで叫ぶ。 「血を分け合った実の姉弟の間に他人は割り込めないの! 身を引きなさい!」 「嫌なこった! ハヤテは嫌がってんだよ。お前こそ引け」 「嫌がってる? こんな美しいお姉様を? ハヤテ、来なさい」  アリサは、両腕を広げて“この胸に飛び込んでおいで”のポーズを取る。 「絶対嫌です! 姉さんに食材として食べられるのは絶対に御免です」  だが、ハヤテはゲンマに必死にしがみ付いている。 「何て事を言うの、あんたは! こんなに優しくて美しいお姉様を!」 「姉さんは優しくも美しくもありません」 「……あらら? あなた……今、何て言ったかしら……? あたし、よく聞き取れなかったわ……?」  にっこりと笑顔を浮かべ、アリサはハヤテを見詰める。  その笑顔を見た途端、ハヤテの顔色はさあっと真っ青になった。  そして、震え出す。 「ね、姉さんは誰よりも優しくて美しいです!」  暗部である姉の殺意を感じる取る直前に、ハヤテは慌ててそう言い直した。 「そう。その通りよ。あんたもわかってるわね」  すると、満足したようにアリサはこくこくと何度も頷いた。  そして、再び雑炊を食べ始める。 「恐い姉さんだな」  誰かが、ぽつりと呟いた。  その呟きを聞き落とさなかったアリサは、すぐに顔を上げ、その声の主を睨む。  その声の主は、カカシだった。 「……なぁんだ。カカシ先輩もいたんですか。気付かなかったわ」 「悪かったな」 「ええ、先輩が此処にいる事自体を謝って欲しいぐらい」 「……何だと」 「何ですか、やる気ですか」  現暗部と、元暗部が睨み合った、その時だった。  にゃあ、という高い鳴き声が聞こえた。 「紫苑」  突然、何処からか現われた黒い仔猫の名を呼びながら、その仔猫を抱き上げたのはハヤテだ。 「今、姉さんに近付いたら食べられますよ」  心配そうなハヤテの言葉に大丈夫と返事するように、紫苑と呼ばれた仔猫はにゃあと鳴く。  そして、ぺろぺろとハヤテの指や頬を舐めた。 「紫苑……くすぐったい」  紫苑に首筋を舐められると、ハヤテはくすくすと微笑む。  そんな光景を、13人は微笑ましく見ていた。  アリサと睨み合っていた筈のカカシまでもが、鼻の下を伸ばしている。  すっかり無視されたアリサは肩を竦めながら、着替える為に自分の部屋へと向かっていった。  だが、紫苑がハヤテの唇を舐めた途端、13人の顔色が変わった。  こっちへ来い!  こっちへ来い!!  こっちへ来い!!!  13人は、紫苑に向かってそう念じていた。  すると、そんな念に気付いてか、紫苑はハヤテの腕の中から下りた。  そして、卓袱台の下に入っていった。  次に紫苑が顔を出したのは、イワシの足元だった。  内心ガッツポーズを取りながら、イワシは近付いてきた紫苑を抱き上げた。 「紫苑、久し振りだな。俺の事、覚えててくれたんだな」  そんなイワシの言葉に、返事するように紫苑はにゃあと鳴く。  そして、イワシの頬を舐める。  だが、イワシの唇は舐めなかった。  間接キスは、免れた。  イワシの腕の中の紫苑は、イワシの鬚で遊んでいる。 「やっぱり、紫苑は鬚が好きみたいですね」  イワシの鬚で遊んでいる紫苑を見て、ハヤテは面白いものを発見したように微笑む。 「……紫苑とイワシ……知り合いか?」  ゲンマが、ハヤテにそう訊ねる。  皆が訊ねたかった事らしく、イワシ以外全員がゲンマの方を向いた。 「イワシくんとは下忍時代の三人一組で同じ班だったんです」 「……でも、その頃…………まだ、紫苑は生まれてなかったんじゃねぇのか?  お前等が下忍だったのって、10年は前の事だろ。紫苑が生まれたの、結構最近だろ」 「ええ。お互い、中忍になっても仲良かったですから。最近はあまり逢いませんでしたけど」 「ふうん」  下忍時代、三人一組で同班。  じとーっと、12人はイワシを羨望の眼差しで見ている。 「紫苑、おいで」  イワシの腕の中の紫苑をハヤテが呼ぶと、すぐに紫苑はハヤテに向かって走ってきた。  そして、ハヤテの膝の上で丸まる。 「鬚が好きなら、俺の事も好きになるだろうな」  自慢の鬚を撫で付けながら、アスマはそんな事を言う。 「いえ、それは無いでしょう」  だが、膝の上の紫苑を優しく撫でながらハヤテはアスマの希望を打ち消すような事を呟いた。 「な、何で」 「紫苑は、煙草の匂いが嫌いなんです。私も嫌いですけど」  ハヤテのその一言で、アスマとトンボは禁煙を心に誓った。 「ハヤテ〜。お風呂沸かして」  私服に着替えたアリサが、そんな事を弟に言いながら戻ってきた。 「自分で沸かして下さいよ。沸かし方ぐらい、知ってるでしょ」 「沸かしなさい」 「……わかりましたよ………」  アリサの言葉に、ぶつぶつと文句を言いながらも、ハヤテは風呂を沸かしに行った。  膝の上で丸まっていた紫苑をゲンマに押し付けながら。 「……さてと」  今までハヤテが座っていた場所に腰掛けると、アリサはその場にいる全員の顔を見渡した。 「ゲンマくんはともかく……。何であんた達、此処にいるの」 「ハヤテに呼ばれたからだよ」  皆を代表して、カカシが答える。 「そうそう。鍋をやるから一緒に食べませんか、とな」  そう答えながら、アスマは懐の煙草の箱から一本取り出して銜えかけたところで、 ついさっき禁煙を誓った事を思い出し、その煙草をしまった。 「ふうん。あの人見知りが激しかったハヤテがねぇ……ふうん」  ハヤテが入って行った扉の方をじっと見詰めながら、アリサはしみじみと呟いた。  ハヤテから紫苑を預かったゲンマは、 自分の膝の上で丸まってすやすやと寝ている紫苑の身体や頭を撫でてやっている。 「可愛い猫だな」  ゲンマの膝の上にいる紫苑を、じっと見詰めながら呟いたのはアスマだ。 「可愛いだろ〜。ハヤテの方が数百倍は可愛いけど」  そんな事を言いながら、ゲンマは鼻の下を伸ばす。 「「「「「それは認める」」」」」  ゲンマの言葉に、その場にいる12人はこくこくと何度も頷いた。 「姉さん」  不意に、そんな言葉とともにハヤテが姿を現した。  ハヤテの声に気付いてか、ゲンマの膝の上で丸まっていた紫苑は ぴょこんと起き上がり、ハヤテの足元に擦り寄ってきた。  だが、ハヤテはそんな紫苑を抱き上げる事もせず、アリサを睨んでいる。 「何よ」 「脱いだ服ぐらい、ちゃんと洗濯機に入れて下さい」 「いいじゃない。あんたが入れてくれるんだから。入れてくれたんでしょ?」 「入れましたけど………。こんなのが姉かと思うと悲しくなります」 「じゃ、勝手に泣けば〜?」 「…………父上、母上。今日もハヤテは耐えてます」  仏壇の鐘をチーン、と鳴らしながら両手を合わせ、ハヤテは呟いた。 「……お前の両親、亡くなったのか?」  まだ仏壇の前で正座して両手を合わせ祈っているハヤテに、ゲンマは小声で訊ねた。 「いえ。生きてます」  ゲンマの声で、我に帰ったようにハヤテは漸く顔を上げ、足元にいる紫苑を抱き寄せた。 「お前は暖かいね」  紫苑のふわふわの黒い体に頬擦りしながら、ハヤテは紫苑に呟く。  その声に返事するように、紫苑はにゃあと鳴いた。  ゲンマの隣に座ると、紫苑を膝の上に置いた。  すると、紫苑は大人しくハヤテの膝の上で丸まった。 「ハヤテ。もう鍋は終ったんだから片付けなさいよ」  卓袱台の上にある空になった鍋を指差し、アリサはハヤテにそう言う。  姉の言葉に、ハヤテは不満そうに姉を睨んだ。 「何でいつもそうやって私に指図するんですか。 気が付いたなら自分で片付ければいいじゃないですか」 「何、あたしに口答えする気!?」 「……しませんよ。全く…………。片付ければいいんでしょ、片付ければ」 「そうそう。偉い偉い。終ったらいい子いい子してあげるから」 「結構です」  姉の言葉に即答しながら、ハヤテは鍋を持って台所へと入って行った。  鍋の他にも、卓袱台の上のお椀やら箸やらも片付けようとすると。 「あ、俺手伝うよ」 「俺も手伝う」 「俺も手伝います」 「俺も手伝うぞー!」  と、アリサ以外の皆が立ち上がり、手伝おうとする。 「いえ。皆さんはお客様ですから、ゆっくり寛いでて下さい」  だが、慌ててハヤテはそんな皆の行為を断りながら、全員のお椀と箸を片付ける。  紫苑は、そんな主人の足元を、邪魔しない程度について行く。 「父上、母上。アリサは失敗作です。早急に引き取りに来て下さい」  鍋とお椀と箸を台所に運び、流しに入れるとハヤテは再び、 仏壇の鐘をチーンと鳴らし、手を合わせてそんな事を言う。 「父上、母上。アリサはハヤテを奴隷か家政婦ぐらいにしか思っていないようです。育て方、間違えてます」  再び仏壇の鐘をチーンと鳴らしながら呟く。  そんな弟の叫びを無視し、アリサは普通に蜜柑を剥いて食べている。 「ハヤテー、お茶」 「お茶がどうしたんですか」 「煎れなさいよ」 「自分で煎れて下さい」 「お客様にお茶を差し出すついででいいからあたしのも煎れて頂戴」 「………全く………」  泣きそうになりながらも、ハヤテはお茶を煎れる為に台所に入って行った。  薬缶に水を入れ、火にかけている。 「アリサ……ちょっとハヤテを扱き使いすぎだぞ。少しは自分で動けよ」 「そうだそうだ。ただでさえハヤテは仕事で人一倍頑張ってるってのに」 「ハヤテが可哀想だろ」 「愚痴る相手が仏壇って可哀想過ぎ……」  アリサの、ハヤテの扱き使い方に13人が文句を言う。  だが、男忍達に何と言われてもアリサは全く動じる様子もなく平然と3個目の蜜柑を食べている。  13人が、ちらりとハヤテの方を見てみると、ハヤテは紫苑の為に猫缶を開けているところだった。  紫苑は、ハヤテの目の前で座り込んで大人しく待っている。  待ち切れないのか、尻尾をピンと立たせたり、左右に揺らしたりしている。 「はい」  薄いピンク色のプラスチックの猫用の餌入れに、 開けた猫缶のツナのような中身を入れてフォークで少し解してやると、紫苑の前に差し出す。  すると紫苑はすぐにその餌に食い付いた。  そんな、食事中の紫苑の頭を優しく撫でてやる。  すぐに食べ終わると、紫苑は前脚で器用に顔を洗い出した。  そして、満足したようにハヤテの足元に擦り寄る。  懐いてくる紫苑の喉元を撫でてやると、紫苑は気持ち良さそうに目を細め、ゴロゴロと喉を鳴らした。  お湯が沸くと、立ち上がって火を消し、お茶を人数分煎れようとした。  だが、湯呑みもカップも人数分には足りない事に気が付いた。  一応、この家はハヤテとアリサが二人で暮らしている家だ。  時々泊まりに来るゲンマの分の食器類も用意してあるとは言え、 この家の中にある食器類は全て三人分しかないのだ。 「あ……湯呑みが人数分足りません。姉さんは勿論我慢して下さいね」 「何ソレー! あたしはどうしてもあったか〜いお茶が飲みたいの!  あんた達聞いたでしょ。湯呑みが足りないのよ。早く帰りなさいよ。 お鍋は食べたんだし、もう用は無いでしょ。ホラ、帰った帰った!」 「姉さん……お客さんに何て事言うんですか。すみません、皆さん……本当に不躾な姉で……」  アリサの言葉に、少し慌てながらハヤテは13人に向かってぺこぺこと頭を下げた。 「何よそれ! あたしがお茶を我慢してもどうせ足りないでしょ」 「そうですけど…………」  アリサの尤もな言葉に、ハヤテは言葉に詰まり、俯いた。 「あんただってこの客人に早く帰って貰いたいんでしょ?  早くゲンマくんとイチャつきたいんでしょ? なら言ってやりなさいよ。 早く帰って下さい、ってね。あんた気を遣い過ぎなのよ。 あんたが言わなけりゃ絶対こいつ等泊まってくわよ。木の葉はホモだらけなんだから!」 「…………」 「ほら、早く!」  そうドスのきいた声でアリサはハヤテを急かす。  姉に急かされているハヤテは困惑しきったように俯いた。  今にも泣き出しそうな顔をしている。 「アリサ! ハヤテを苛めるな!」  泣き出しそうな顔のハヤテを、慌ててゲンマは抱き寄せてやる。 「苛めてないわよ。あたしは本当の事を言ってるだけじゃない」  肩を竦めながら、7個目の蜜柑を食べているアリサは悪びれずに言う。 「…………じゃ、俺、帰るわ」 「あ、俺も……」 「ごっそーさん」 「美味かったっス」 「それじゃあ、失礼します……」  この雰囲気に気を使ったのか、漸く12人は立ち上がって帰り支度をした。 「ほら、早く帰って頂戴! ハヤテを泣かせるんじゃないの!」 「「「「「ハヤテを泣かせたのはお前だろうが!」」」」」  8個目の蜜柑を食べながらのうのうと言うアリサの言葉に、13人が一斉にツッコミの言葉を入れる。 「すみません……」  さっさと帰って行く12人に、ハヤテは申し訳無さそうに言う。  今にも泣き出しそうな顔で。 「いや、邪魔して悪かったよ」 「鍋も雑炊も美味かったよ」 「ごっそーさん」 「それじゃ、失礼します」  ゲンマとハヤテに見送られ、12人は帰っていった。  二人が再び居間に入ると、卓袱台の上にはアリサが食い散らかした蜜柑の残骸が散らばっていた。  そのアリサは、台所に入って薬缶の中のお湯を茶葉を入れた急須に注ぎ入れ、3つの湯呑みにお茶を煎れた。 「ホラ」  そう言いながらアリサは、ぽん、と卓袱台の上に煎れたばかりの湯呑みを置く。 「……姉さん……自分でお茶、煎れられるんじゃないですか……」 「当たり前でしょ。殴るわよ」  ハヤテの言葉に、アリサはギロリと睨む。  すみません、と言うハヤテの言葉を聞き流しながら、 アリサは自分で煎れたお茶を飲みながら9個目の蜜柑の皮を剥いた。  ハヤテとゲンマも腰掛け、アリサが煎れたお茶を飲む。 「ふう……じゃ、あたしは部屋戻るからあんた達、好き勝手にイチャついてなさい」  そう言うと、アリサはお茶の入った湯呑みと剥きかけた蜜柑を持って立ち上がり、自分の部屋へと入って行った。  二人残された居間で、ゲンマとハヤテは寄り添いながらお茶を飲む。 「残されちゃいましたね」 「いいじゃん、二人きりの方が。アリサも気が効くようになったな」  楽しげに受け答えると、ゲンマはハヤテの細い肩を抱き寄せた。  ハヤテは、そんなゲンマの腕をすんなりと受け入れる。 「そうですね」 「後は嫁の貰い手が決まって、この家を出て行ってくれればな」 「……聞こえますよ。姉さんは地獄耳ですから」 「それは知ってる」 「性格さえ良ければ、すぐに嫁ぎ先ぐらい見付かると思うんですけどね」 「それは弟としても姉を美人と認めてるってワケか」 「ええ。実を言うと、私の初恋は姉でしたから。昔はあんなに優しかったのに……」 「『のに』って、それ、今は全然優しくないみたいじゃん?」 「ええ、優しくありません。酷いです。鬼畜です」 「…………」  よしよし、と慰めるようにゲンマはハヤテの髪を撫でてやる。  紫苑も、まるで慰めるようにハヤテの膝の上に乗っかり、にゃあと鳴きながら丸まった。 「ゲンマさんの手も、紫苑も暖かい」  左手で紫苑を撫で、右手で、髪を撫でてくるゲンマの手に触れる。  窓の外では、相変わらず北風が寒そうにびゅうびゅうと吹いている。  吹き荒れている。  外は寒いのに、部屋の中の二人(+一匹)は、とても暖かかった。 〜終〜